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【BASARA3】こよい、もちづき【▲▽】

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こよい、もちづき





防波堤へ座り込み、投げ出した素足を撫でる潮はさらりと冷たい
夜の海は酷く静かだった
潮騒がただ、ざざんざざんと繰り返し砂浜を撫でる音が響く
白く浮かんだ満月だけ、果てまで続く暗闇をぼんやりと照らしていた
両手のひらをそっと拡げてみると、月に照らされて白く見える
あぁ、自分の身体はこんなにも生気が無かったのか
世話焼きな輩が煩く構ってくるのもなんとなく、納得が出来た
私が飯を食うだけで自分の事のよう喜んで豪快に笑う奴
ゆるみはじめた拗れた糸を必死に解いて直そうとする奴
長く連れ添っていたのに今更になって友だと気付いた奴
秀吉様や半兵衛様から頭を撫でて頂いたのも、それと同じようなものなのだろうか
私にあったほんの一握りの絆は全て奪われるものだと思っていたのに
減ることはなく、その逆に増えているとは
馬鹿に突き抜けて明るい巫女や、その巫女が姉と慕う女も何かにつけて私を構いたがる
刑部と同等かそれ以上の実力で将棋を指す毛利は例の世話焼きを抓っていたか
瀬戸内の二人のやり取りをみて、騒ぎ始めたのは真田だったか
らいばる、がどうとか言って欧州の独眼竜に話をふってそのあと…

「元親が心配していたぞ、月のおかげでやっと見つけられた」
「…このあたりは月がないと完全に暗くなる」

気配には気付いていたから驚くことはない、揺れる水面に映る姿はよく見知った者
ただ驚いたのは自分が知らぬ間に頭に浮かんだ言葉を一言、呟いていたことだ
潮騒もどうやら声は掻き消してくれなかったらしい
着流しについた砂を払って立ち上がり、海を背にし振り返る

「三成、帰ろう」

一瞬ためらった後に差し出された右手のひら
一度拗れた関係を必死に繕おうと、戸惑いながら歩み寄る前向きな奴
言葉が紡がれない瞬きひとつの時に、緊張の糸が張り巡らされて痛い
声が無い
かわりに鳴るのは、繰り返される潮騒だけ

「みつなり、」

かすかに震えている右手が酷くむず痒くて、両手で引っ張り返してやった
力で及ばずとも、早さと不意をつけば奴相手でもどうにかなる
手を掴んだまま、全体重をかけて後ろへ倒れ込めばいい
奴の驚きで見開かれる目と慌てる声のなんと心地良いことか
背面には海、頭上には月、眼の前にはかんばせと来た

「いえやす、」

こんなに穏やかに奴の名前を呼べたのは、いつ以来だろう
海に抱かれるためのゆるやかな落下中、家康は決して手を解かなかった
落ちて水の中繋ぐ手に通う血潮のなんと暖かいことか
暗い海の中にしばらくたゆたうと、ぐいと引かれ海面へ出た
月が酷く眩しい

「驚いたぞ三成っ!」
「そのつもりでやった」

繋がれた手をこちらから解き、堤の端に手をかけて先に上る
まだ海にいる家康に右手を突き出すと、嬉しそうに破顔して迷う事なく掴んできた
ぐっとかかる重さが、取り戻せた絆のようで照れくさい
絆が自由を奪う手かせであっても、こんなにも暖かなら喜んで手を差し出そう
家康を引き上げて、荒い息のまま二人とも隣同士倒れ込む
相変わらず、ざざんざざんと繰り返し砂浜を撫でる潮騒
白く浮かんだ満月だけ、果てまで続く暗闇をぼんやりと照らしている
叢雲一つ、存在しない

「今日の月が明るくてよかった、儂が三成を見つけられたのもあれのおかげだ」
「太陽に、夜は照らせない」

海に響くのは、潮騒の音と荒れた息と話声と笑い声

「こんなに長く三成と二人で話すのも久しぶりだし、海に落ちるのも悪くない」
「私は話すことなど無い、が… しばらくは寝ころんでいてやる」

ちらりと一瞥をくれると、じっと見つめ返されてこちらから目をそらす羽目になった
居心地が悪くなって。背を向けて横向きに寝ころぶ
背に注がれる視線がこそばゆいがそれくらい目を合わせるのと比べれば耐えられる
一つ溜息をついて、目を閉じると至極真面目な声が背中から聞こえた

「お前が生きてて本当によかった、みつなり」





(私もと言えるまでに、あとどれほど満月を迎えるだろう)