始まりの膝枕
「…は?」
その男、主人公は、座る己の膝に手をあて、ぽんぽんと軽く叩いた。
「膝枕してやるから、寝ろ」
「………はあああああっ!?」
そりゃ驚きの叫びを上げるのも致し方無い事だろう。
唐突すぎる。
だがしかし。
「はっ!!これだから金持ちは!!」
「な、何!?」
主人公はそんな伊集院レイに構わず続けた。寧ろノリノリだった。
「庶民は友人ならこーするのさ。眠りに入り無防備な姿を晒し、友情の確認をするのだ!!…そんな事も知らないのか…やぁ、すまんすまん、金持ちに心許せる友人などいないのだな…」
哀れみの眼で、芝居がかった口調で、大袈裟に首を振りながら言う。
傍目から見れば、からかっているとしか思えないその言動。
「っ…!!ばっ、馬鹿にするな!!」
しかしそこは世界有数の金持ちの所為か、世俗に疎い伊集院レイ。
まんまと乗せられてしまった訳で。
勢いのままにころりと寝転がり、頭を乗せての膝枕。
(…何やってるんだ僕は!?)
やってしまってから少々冷静さを取り戻してそう思うも、後の祭りで。
「…無理してっから、そーなんだよ」
苦笑と共に降りてきた優しい手に髪を撫でられ、思わず安らいでしまう己に慌てたりもしたけれど。
先程とは違う柔らかな口調と、労わる様な手の温もり。
ほだされた訳では無い。そんな訳が無い。それでも。
「男のダチくらい作れよ、伊集院。俺がその第一号になってやっから」
心配してくれているのだと、理解は出来るから。
伊集院はふん、と鼻を鳴らして。
「…まぁ、考えておいてやる」
考えるだけだがな、と。
素直ではない言葉を、不機嫌を装って、口にした。
屋上で一人佇む伊集院レイの姿に、放っておけなくてちょっかいを掛け、ああなった。
寂しそうで、哀しそうで、切なそうで、何故かそれが嫌だったから。
別に他意は無かったけれど、やっぱり元気な方がいいよな、と思って。
結果、少しは楽になったみたいだったから。
これからもちょっかい掛けよう、なんて。
主人公が勝手に決めてしまった事を、誰も知らなかったけれど。
その後。
「…普通、男同士であんな事はしないと聞いたが」
「うん、あれ嘘☆」
どんよりとしたオーラを纏って問うてきた伊集院に、あっさりと、しかも星付きで答える主人。
ごーん、という効果音でも聞こえてきそうな程に伊集院の周りの空気が凄い事になった。
「きっ…君という男は!!」
「ははは、嫌だなぁ金持ち様。庶民のお茶目には付き合ってやるのが器の大きい金持ち様の義務というもの!!てかそれくらい知ってようぜ!!おにーさんとの約束だっ!!」
「まっ、待ちたまえぇーーーっ!!」
「ふははははっ、これだから金持ち様はっ!!」
「こっ、この庶民ーーーっ!!」
そして始まる追いかけっこ。
そんなじゃれ合いは、ここ最近では珍しくなく。それどころか、最早お約束の事象と化していて。
「…あいつら、仲良いよなー…」
「そうねー…」
相変わらず追いかけっこを続ける二人を生暖かく見詰めながら、ぼんやりと呟く、主人公の親友と幼馴染みの姿があった。
「…全く、君という男は…」
「まぁまぁ、そう怒るなよ。おキレイな顔が台無しだぜ?」
「…ばか」
「んー?」
拗ねた様に呟かれた伊集院の言葉。
その真意に気付くのは、卒業式の日。
告白されるその時まで、お預けである。