magnet
面倒くさい。
自分では制御出来ない想いが浸食していく。頭の頂点から足の指の爪先まで、呑みこんでいく。
じわり、じわりと。
呑まれても、いいと思った。
magnet
嫌いだと思った時にはもう始まっていた。殺したくてたまらなく、縛りたくて堪らなく、嫌で、厭で。その存在全てを壊したかった。いつだったのだろうか、行きすぎた感情は沈黙することもなく、どんどんと拡大していった。
「嫌い」という思いも、度合いが過ぎれば「触れたい」という欲に行きつくのだろうか。静雄には分からなかった。
「ねえ、おかしいのかな」
臨也が自嘲気味に嗤う。実はこの手の笑みは静雄は今まで幾度となく目にしてきた。
何が、とは聞かなくても察しがつく。それに対する満足な回答は持ち合わせていたなかった。静雄だって、それは昔に思っていたのだから。
おかしい、おかしくない。一般、特殊。日常、非日常。
くそくらえだ。
見つからなくても、もうそれ以上回答を探すことはしなかった。
何も言わない静雄に対し臨也は一人で喋り続ける。威嚇する狼というよりは行き場を失った小鹿だ。彼も触れられたいと思っていると感じるのはご都合主義か。そんなことで自己防衛しなくたって、ただ自分が触れたいだけなのに。
「聞いてる?」
「聞いてねえよ」
「酷いなあ」
「手前はあれだろ、ただ今の状態に執着しているだけだ」
恋に恋してるというコトバと同じように。互いに執着している今に溺れている。
するとそれが気に喰わなかったらしく、臨也は拗ねたようにそっぽを向いた。
「どうしてシズちゃんなんに俺のことが分かるのさ」
「俺も同じだったからだよ」
過去形。静雄が言うと、臨也は返事をしてこなかった。面食らう。そこは何か暴言の一つくらい吐かれてもよさそうなものだったのに。
「……もう、いいよ」
数分経って、また小鹿の鳴き声が聞こえた。
「もう、いいから」
何がもういいというのだろう。肝心なところでコトバ足らずだ。
この関係か、今現在二人でこうして何もないのに裏路地で向かい合っていることか。だとしたら、自分たちはどこへ向かえばいいのだろう。
ああ、面倒くさい。
面倒だけど、今に終着はしたくない。いつまでも同じベクトルの上を行くだけで動かない二人に何が生まれたというのか。
そう、もう いいんだ。
静雄が臨也の首筋に触れ、それからすぐに抱きよせた。
「……」
臨也は何もしない。それに応えることも抵抗することも。
静雄が舌を出し、迷わず臨也の口内へと入っていった。すると臨也も同じように舌を動かし始めた。
「……っ、は、」
一度ブレ始めた体は止まることなく、だた不器用に互いを貪った。唾液が端々から漏れ出し、静雄がそれを拭おうとすると臨也が遮った。
また、舌を。
絡め、結び、一つになり。
勢い余って、臨也の舌を噛んでしまったのだろう。静雄の口内に鉄の味が広がった。さすがにまずいと思い静雄が離れると臨也がまた静雄を引きよせる。
「っ……、おいっ……!」
「いい」
鋭い眼光が暗闇に近い場所だというのに届くような気がした。
「いい……。こんなのどうでもいい」
そのかわり、もっと。
どこまで、貪欲になれば。
どこまで、求めれば。
自分の全体をぶつけていいのか?
日々抑えていた衝動のリミッターを、外していいのか?
静雄が躊躇しながら臨也を見ると、彼はただ笑った。
心の叫びが静雄に届く。これは紛れもない現実だ。
「っ……! んっ、」
いらないものを、排除して、見えなくして。今までの戸惑いや迷いなんてクダラナイモノ、全て背後へ捨てて。
きっと臨也は、───いや、自分もだ。狂いたい。二人の間に正常なんてない。ないのなら、それを感じることもないまま深みへハマりたい。
───もっと来て。
───ぶつけて。
───払拭して。
───早く。
───早く。
───早く!
足りない。
ずっと待ち望んでいたのはきっと今だ。さっきまでの関係には戻れない。それでいい。
自分たちが出してきた回答は誤答だらけだけど、おかしいことのみでしか構築されていないけど、それは客観的に見ていたから。
行き戻りは出来ない。終点はない。途中下車も、許されない。
それでいい。
自分たちが離れることは所詮、無理なのだから。
静雄が臨也の服に手をかけた。