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【bsr3】曇天【半兵衛と三成】

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雨が降ったあとの土煙が立つ戦場は、混戦の体を示していた。竹中半兵衛は頬を噛む砂利に眉をしかめながら、動かぬ身体を叱咤する。

一番槍は今度の戦も石田軍の総大将が浚っていっている。豊臣の懐刀、竹中の秘蔵っ子と言われたその男はそれはそれは楽しげに戦場を跳ねていた。かつて戯れに竹中半兵衛が与えた軍術を乾いた地面に降る雨のように吸い、見出されてからはその刃で朱の道をひいている。そうなるよう育てた半兵衛自身それをひどく頼もしいものとして見ていたが、おのれを含め豊臣に向ける盲信に懸念を抱いてもいた。誤解されやすい性質なことも言葉がたらないことも半兵衛は痛いほどに知っていたからだ。おのれの余命もまた感づいている半兵衛からすれば、かれが一人前の武将になってくれることがせめてもの救いだったのである。豊臣の天下を見ることは叶うまいが、豊臣に代わりになる人間を残すことはできる。半兵衛にはそれしかよすががなかった。

「三成くん」

そうまで期待を受けているとは知らず、石田三成は背後に白を纏う青年を庇い、鞘を口に銜えてそこにいる。片膝だけを雨でぬかるんだ地面に突き、かれとそして後ろの青年を取り囲む兵をねめつけていた。初陣から暫くは半兵衛と行動をともにしていたかれだったが、今では一軍を任されるまでになっている。起き上がるのは諦めてその背の名を呼んで、半兵衛はひどく咳きこんだ。

包囲を受けた半兵衛の軍に単身で救援に来たかれを半兵衛は叱らねばならなかったが、それすら血にむせて言葉にならない。
不安げに背後を振り向いた三成を首を振って制して、口元を乱暴に手の甲で拭う。鮮やかな赤が抜けるように白い肌に散った。

「僕には構わないでいい。行きなさい」
「何をおっしゃるんです半兵衛さま!」

三成の足が地を蹴る。蹲る半兵衛の鼻さきにまで飛び散ってきた血飛沫が、先ほど止んだばかりの雨のように地面にばたばたと音を立てて跳ねた。かちりという鍔なりの音がして、三成が居合をしたのだと知れる。脂汗に滲む視界ではかれの剣撃の軌跡すら看ることは出来なかった。

ずいぶんと、ずいぶんと大きくなったものだ――、半兵衛は、そんなことを思う。秀吉が、かれの親友がある日つれてきたこどもがかれだった。名は佐吉といった。聡いこどもだ、とかれがいったように、佐吉はひどくあたまのよい子供だった。ものめずらしい子供に構ってみたくなった半兵衛によって書物を、軍術を与えられた三成はこうして半兵衛を追い越していく。健康な身体で。前途のある身体で。

それに嫉妬をするには、半兵衛は自身の病を知り過ぎていた。ただ頼もしさだけがある、といったら嘘になるが――、半兵衛は三成もまた、大切に思っていたのである。

「貴様ら、はやく退け!」

靴先で地面を蹴り、三成の背中が半兵衛から離れる。ぱちりと半兵衛が瞬きをしたのちに其処に立っていたのは、すでに三成だけとなっていた。露払いもほどほどに背後の半兵衛に駆け寄った三成が、まだ幼さの残る面立ちに不安を滲ませてその肩を抱え起こす。

「大事ありませんか半兵衛さま」
「僕は大丈夫だよ。…きみのほかの兵は」
「刑部に任せてあります。誰ぞ馬を!」

僅かに残った半兵衛の配下にそう声を掛け、三成はその身体を抱え起こした。そして三成は泣きたくなる。嘗ては大きく感じたかれの身体はあまりに軽く、そこには濃厚な死の気配が漂っていた。

「吉継くんか…、いいかい三成くん。吉継くんが狂わないようにできるのは、きみだけだよ」

同じ空気。同じ重荷。だからこそ半兵衛は、そう口にする。かれには最初から三成しかいなかった。半兵衛に秀吉がいたように、三成しかいなかったのだ。
遺言のようなものいいに三成の眉が強張ったのがわかる。半兵衛はかれを安心させるように微笑んでみせると、三成の手を借りて立ち上がった。

「半兵衛さま、そのような…!」

泣き出しそうな三成の声は聞こえないふりをする。半兵衛はちいさく笑うのだ。

「佐吉。かわいい僕の後継」

仮面の奥で細められた紫水晶に、三成は眼を見開いた。久方ぶりに呼ばれたおのれの幼名の懐かしい響きに、かれが元気だったあのころの随想に、思わず視界がぶれる。けれどかれのまえでは泣くまいと、唇を血が滲むほど噛み締めた。

半兵衛はかれに背を向けて、ついにこう口にする。すべてを託すと決めた若き豊臣の担い手に、枷となることをしって口にする。

「どれだけきみが泣き叫んでも、僕は必ず死ぬよ。だからきみは進むがいい」

そして生き続けろ、僕の魂よ。豊臣の天下まで覇王の手をひいてゆけ。



凶王三成。覇王の影となったその男が、半兵衛の愛した後継がそう呼び称されるようになったのは、半兵衛の死後すぐのことであった。