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かつみあおい
かつみあおい
novelistID. 2384
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爪を切り損ねた。【aph大王と普と洪】

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爪を切り損ねた。
 タンコブを作った我が国家殿が、顔面のひっかき傷を自らの指で不満顔にて撫でながら、朝食の席に座った時のことだった。
 別にぐったりはしていない。領土の拡大もあり、彼の身体は健やかそのものだ。血色も地が白いからか、春の陽気のようなまろんだ色が頬に指しているのがよくわかる。北国にもようやく光明があったというものだろう。

「お前に、爪を切る習慣があったとは驚いたよ」
 南方より取り寄せた香辛料がたっぷり入った肉づめを切り開く。白い磁器が銀のナイフに触れて、冷え冷えとした音が鳴った。肉汁が混ざる。
 やすりと香油で整えた私の指とは裏腹に、彼の指は確かにがさ付いている。もとは祈るために組む目的で育てられた指であるはずだが、私の憎らしい父は彼をそうさせなかった上司のうちの一人だった。もっとも、私も所詮同じことをしているわけなのだが。

「俺のじゃねーよ。ハンガリーの野郎だ」
「彼女は女性じゃなかったかい」
「あんな奴は、野郎で十分だ。昔も今もな」

 大声を上げないでくれ。食事に唾が飛ぶ。
 私のがさつな国家殿は、黒檀に鷲の模様を施した椅子にどっかり軍靴を組み、新大陸より取り寄せた高貴なショコラを惜しげもなく一飲みすると、もっと甘くしろよと文句を言った。
 勝利戦の後の割に不機嫌な原因は、生傷からも想像がつく。
 賊に侵入されたという報告は朝より受け、被害がこの目の前の青年のささいなふきげんの種以外になかったことはもう知っているのだ。近衛兵隊長は青ざめて、今にも自害しそうだったが、相手は仮にも数万の兵が奉った女戦士だ。直接の犠牲者がいないのもあり、咎める必要もあるまい。

「くっそ、あのくされ坊ちゃんの味方して何が楽しいんだか」
「そりゃ独立させて欲しいからだろうよ。ここで女帝に恩を売っておけば、色々とね」
「ちげーよ、あいつはそんな柄じゃねーっつの!」

 ショコラの跡が残る磁器が、ソーサーに叩きつけられる。そんなことをしたら、人が生み出した錬金術という名の宝石が欠けてしまう。
 荒れた唇を革手袋で拭い、少し涙目だ。まだ傷が痛むということもあるだろうけど、この青年は案外自分が好んだものへの攻撃に弱いということを上司であり下僕である私は知っている。
 かく言う私も彼女のことは好ましいと思った。女性はあまり近くには置きたくはないが、彼女はあまりにもこの国家殿と似すぎている。少しばかり幼い頃、私を鬼のごとく叩き上げた頃の「バイルシュミット卿」の見るだけで動物をも殺しそうな目つきを思い出させるのだ。きっと、敵側から見れば今でも彼はその通りなのだろう。
 しかし、それが仮に手負いになったとしても、爪を切ってしまえば獲物は狩れなくなる。餌を捕食できず、やがて弱って野たれ死ぬだろう。
 果たして、扱いづらいという理由だけで、いとしいものにその仕打ちができるだろうか。
 答えは否だ。

「私も、爪を切り損ねたようだ」
「へ? 親父はいつもやすりで整えてもらってるじゃねーか」
「いや……、お前のだよ」
「俺は剣振るのに割れるの嫌だからちゃんと切ってるぜ。知ってるだろ」
「そういう意味じゃなくてだな……、ああ、いいからちゃんと野菜も食べなさい。食事の時ぐらい背を正して座れといつも言っているだろう」

 その爪は、伸びかけで、悔しかったのだろうか噛んだ跡が残っていた。あとで給仕を呼んで、湯にでも入らせて整えてやるべきだろう。
 だが、完全にその武器を奪うことはできない。なぜなら、彼は我が国家殿であり、それを抜きにしても美しい生き物だからだ。
 まだまだ、この子を飼いならすのは時間がかかりそうだと、私はため息をついた。
 皿の上では、バターが花の模様に被さるように溶け始めていた。







fin