それがあることすら忘れました
「俺は、死ぬのかな、青葉くん?」
その声を俺はきいている。ただ静かにきいている。喉はかわききっている。俺はそのまま目の前の男を殺す。そんな単純なことなのだが、俺の中で不安が消えない。この男本当に死ぬのか、という疑問がわいてはかき消そうとして唾を飲み込んだり、指をかすかにうごかしたりする。それをせせら笑う臨也は片方の手を俺の首にそわせたかと思うとそのまま頬に指をはわせ、軽くさすった。はは、汗かいてる、と彼がつぶやいた。俺はさらに焦る。はやく、はやく、はやくしないと。
その焦燥が頂点にもたっしそうになったとき、携帯電話がなるのを俺はきいた。俺のではないから目の前のこいつのものだろう。俺があっけにとられている間、臨也は、一瞬目をふせるうんざりするようにいった。
「そろそろ重いんだけど、どいてくれない?」
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町の中を歩いている。今朝みた夢は後味がわるかったから、気分転換をするために外にでて、しばらく、汗はすっかりひいていて、秋風が心地いいな、と思って風で目にかかっている髪をかきわけて前を見る。
「あ…」
声を失う。折原臨也が長身の女性と一緒に歩いているのをみて。彼はとても楽しそうに何かを話している。女のほうはただ相槌をうつだけなのだが、それでもいいようだ。女のほうはあきれてきくに耐えないという表情をしているのだが。
俺は立ち尽くして夢の中と同じようにごくりとつばを飲み込んだ。あと、あと数メートル、まだ気付かないのか、もう気づいてもいいのではないのか。距離は近づき、警鐘のようにどくんどくんと心臓が苦しい。
そしてもう2メートルをきってはっきりと顔が認識できる距離になったとき、彼はふ、と目を俺のほうに向けた。ぞわ、と体の毛がすべてぴんとたちそうな感覚に襲われる。声をかけられるのをまって、無意識に臨也とつぶやく。
しかし、臨也はそれだけであった。ふん、とわらったような気がすると、そのまま青葉のことなどみえなかったかのように風のように通過し、そして俺の視界から消えた。
からっとかわいた喉は、言葉を失う。ただただ寒い。すぎさったものがあまりにも強烈に色をもって世界をぬりつぶしていった。
作品名:それがあることすら忘れました 作家名:桜香湖