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twilight night

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twilight night

*

疲れた腕で“CLOSE”の札のかかるドアを押すと、中から酒の匂いがむっと漂ってきた。薄暗い照明と甘い匂いに酔いながら、ジャンは何かを探すように目を凝らす。ようやくぼんやりとした明るさの景色に慣れたころ、ジャンは視線の先に、不機嫌そうな顔をした銀髪の男を見つけた。男はカウンターの奥でシェーカーを乱暴に振っている。
男はジャンの姿を認めると、シェーカーのトップを外し、傍にあった適当なグラスにどばどばと中身を注いだ。割れてしまうのではないかと不安になるくらいの音を立て、カウンターに置かれるグラス。椅子に腰掛け見上げると、男はつんと横を向いて目を瞑ってしまった。後ろに撫でつけられた前髪が、もうこんな慣れないことは耐えられない、とでも言うようにぴょんぴょん跳ねているのが何とも可愛らしい。
ジャンはカクテルを一気に煽り一息つくと、カウンターに顔を伏せた。空のグラスが握られた手を男に差し出す。しかし、受け取ってくれる気配は見えない。
「バーテンダーくん、その態度はないんじゃないのォ?」
「うっせえな、お前は黙って飲んでろ!……大体何でこの俺が、休日に、こんな真似しなくちゃなんねえんだよ…」
「とか何とか言っちゃって~。きちんとポマードで頭固めてるあたり、ほんとは気に入ってると見た」
「違うわボケ!」
イヴァンはジャンの手の中のグラスを乱暴に奪い取ると、冷蔵庫から冷えたオレンジジュースを取り出し、カウンターにあった適当な酒をぶち込んだ。
「!!て、テメエ、わざわざバーでこんな酒作んなくても…!」
「うっせえ、たまには禁酒法時代でも思い出せってんだ」
「まあ慣れ親しんだ味ではありますけど…」
シロップ、ココナッツ、オレンジジュース。まだ禁酒法が終わっていなかった頃、仕入れた不味い酒をなんとか美味しく飲もうと様々な物で割り、味を模索したものだ。
イヴァンが作った酒を食らいながら、ジャンはあんな不味い酒を飲んでいた、少し前の記憶に浸る。あの時の粗悪な酒とこの店の高級なジンでは雲泥の差があったが、水っぽいオレンジジュースのおかげか、何だか懐かしい味がした。
「…で、何だってわざわざ店貸し切りにしてまで、こんなことしてるんだよ」
「何でだと思う?」
「俺が聞いてんだよ」
カウンターに身を乗り出しながら、イヴァンが濡れたテーブルを几帳面に布巾で拭き取る。銀色の睫毛が、妖しい照明の光できらきらと光っている。黒いベストと同じ色のタイには、皺ひとつ見当たらない。が、きちんと締められたタイが苦しいのか、イヴァンは時折首元に指を差し込んでは、タイとシャツを下に引っ張っていた。それでも緩めようとしないのは、ジャンがきちんと着込んで来いと言ったからだろう。

ふと、真っ白なシャツの襟に細っこい銀色の毛が乗っているのを見つけ、ジャンは体を起こしてそれに触れた。びくり、とイヴァンの肩が震える。
「なーに怯えちゃってるの」
「べ、別にビビッてなんかねえよ」
一歩後ずさるイヴァンを逃すまいと、ジャンは彼のタイを捕まえ、前に引っ張った。ぐえっ、と色気のない声を上げたイヴァンの間抜けな顔が、ジャンの目の前で固定される。
「…ちゃんとバーテン衣装着て来たんだな」
「お前がそうしろって言ったからだろ…」
「髪もしっかりオールバックにして」
「…お前、何が言いたいんだよ」
「いいや、別に。俺のワンワンはいい子だな~と思って」
「テメエ、いい加減に…!」
「いい子にしてたから、チューしてやるよ」
タイをさらにぐっと引っ張せ、ちろちろと覗いた赤い舌目がけ自らの舌を捻じ込む。歯列をなぞると、先ほどまで吸っていたのか、葉巻の苦い味がした。驚いて引っ込もうとする舌を執拗に追いかける。舌の根の辺りにジャンは自分の舌を巻き付けると、イヴァンが暴れないように、優しく、なだめるように摩ってやった。

「その服、すんげえ似合ってる。良い男だぜ」
唇を離すと同時に耳元でそう囁けば、イヴァンは顔を真っ赤にしてキャンキャンと吠え出した。乱れた前髪を後ろに撫でつけてやる。怒って真っ赤になったイヴァンが、何かこちらに向かって叫んでいる。きっと照れ隠しの言葉だろう。ジャンはにこにこしながら、イヴァンの怒った様子を眺めている。
休日だっていうのに、連絡すればすぐにやってきてくれる。バーテンの服着て酒作れ、だなんて突拍子のないことも、文句を垂れつつ何だかんだでこなしてくれる。ああ、イヴァン=フィオーレ。なんて可愛い男だろうか。
「おいジャン、聞いてんのか!?」
「うんうん、聞いてる聞いてる」
「、ざっけんな!お前半分寝てんだろうが!」
ごめんごめん、と言う口の端から、ぽたりと涎が零れ落ちる。降りてくる瞼に逆らおうとするものの、力は抜けていくばかりである。

汚えなあ。呆れたようなイヴァンの声が上から降ってくる。お前の涎拭きなんざ、この布巾で十分だぜ。口元に触れる布巾は少し酒臭かったが、唾液を拭うその仕草は驚くほどに優しい。
重たい瞼と共に、ごつごつとした手のひらが頭の上に降りてくる。
「イヴァン、お前やっぱりサイコーだ…」
「ハッ、決まってんだろ」
ちょっとおだてれば調子に乗る。ついでに機嫌も直ってしまう。そんな単純なお前に、一体俺は何度救われていることだろう。仕事での疲れも、嫌なことも、何もかもが吹き飛んでしまうのだ。

本当に、お前がいて良かった。

一日の終わりをイヴァンと過ごすとき、ジャンはいつもこんな気持ちを抱く。
――その気持ちの名前が安らぎだということには、最近ようやく気付いたばかりだった。


(twilight night/2010.08.05~06)
作品名:twilight night 作家名:ひだり