雨のち晴れ
内緒モード 田中太郎【いや、臨也さんにお願いがあります】
パソコンモニター上に浮かんでいるもう一つの画面。内緒モードと書かれたチャット画面に、その文字は書き込まれた。発信者は『田中太郎』、それを受信したのは、このチャットの管理人を務めている甘楽こと折原臨也であった。
「全く……内緒話が好きだなぁ」
臨也は画面に向かって話し掛けると、その画面を無視して、もう一つの画面にカタカタとキーボードで文字を打ち込み会話を続ける。
しかし内緒モードになっている画面に新たに文字が浮かぶのは、そんなに時間が掛からなかった。
内緒モード 田中太郎【臨也さん…?】
臨也は画面の向こうの情景がすぐさま目に浮かんだ。きっと向こう側では不安な表情を浮かべて、こちらからの返信を待ちながら『田中太郎』として役目を務めているのだろう。
この『田中太郎』と名乗っている、現実での人物の正体は竜ヶ峰帝人。
風貌は全く普通の高校生。幼馴染の誘いで埼玉から東京へと一人上京してきたごく普通の男子である。が、実は、彼が池袋最大のチームと言われている『ダラーズ』の創始者であることは、まだ数少ない人しか知らない事実であった。
内緒モード 田中太郎【あの…】
再び浮かんだ文字は、彼の心が丸写しにされているかのようで、臨也は思わず小さく吹くと、その内緒モードに返信を打った。もちろん管理人としてではなく、だ。
内緒モード 甘楽【帝人君は内緒話が好きだねー。他にもいるんだから向こうに集中するべきじゃないの?】
臨也はその返信を待ちながら、もう片方のチャット画面には星マークなどを加えながらちゃらけた返信を打ち出しているときだった。
内緒モード 田中太郎【すいません】
内緒モード 田中太郎【臨也さんにお願いがあるんです】
内緒モード 田中太郎【っていうか臨也さんにしか頼めない】
「ふうん?」
臨也は画面に対して声で返事をすると手早く返信をする。
内緒モード 甘楽【なに?俺に頼みなんて】
画面の向こうの彼が何を考えているのかなんて、臨也には全く検討がつかなかった。しかしすぐに思い浮かんだのは、彼との約束事。その事だろう、と臨也は返信を打ち返す。
内緒モード 甘楽【約束ならちゃんと】
内緒モード 田中太郎【違うんです】
内緒モード 田中太郎【その話じゃなくて】
臨也が途中で送信してしまった文字の続きを打ち込んでいる最中、その言葉尻を見るよりも先に、臨也の考えを読んだ帝人が返信してくる。それに眉を寄せたのはもちろん臨也の方だ。
内緒モード 甘楽【じゃあ何?】
内緒モード 田中太郎【実は】
二人は普段のチャット画面の操作をしながら、内緒話を続けていった。