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そばにいたいの

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ふと目を閉じて開けてみたら、そこは戦場だった。
怒号と銃声が鳴り響き、砂煙がもうもうとたちこめる、抗争の真っ直中だった。
あまりに突然すぎる場面転換に、放り込まれた戦場の恐怖におののく事も一瞬忘れてしまう。さっきまで部屋の中にいたのに、ここはどこだろうかと首を傾げるより先に、視線の先にいた人物がひどく慌てた様子で飛び込んできた。
「クローム!?」
突然現れた十年後の骸は、驚きに……というよりも、いっそ頭を抱えそうな具合に目をむいて彼女を認識していた。
「あ、骸……様?」
すっかり大人の彼の姿を目にして、ここは十年後の世界なのだと、突然のことにフリーズしていたクロームの頭も辛うじて認識をしはじめた。
だが、それ以上彼女が何かを口にするよりも先に、骸は目にもとまらぬ早さで脱いだジャケットでクロームの頭を包み込むようにして視界と聴覚とを遮った。
なにも見えず、なにも聞こえない。手に入れる事のできる情報を遮断され、暴れることも忘れ、クロームはただ大人しく骸の腕の中に抱き込まれるしかなかった。
そして、彼はどこかへ向けて口早に指示を出した。
「フラン、五分……いえ、十分保たせなさい!」
するとどこからともなく、激しい抗争の最中とはとても思えないような、のんびりとしたやる気のない声が応えた。
「えー、ミーですかー。まー、とりあえず頑張ってみますけど、師匠、後でお駄賃はずんでくださいねー」
一体誰なのだろう、と思いはするものの、視界は遮られていて、骸の話相手の姿を見ることはできない。
「なにどこかのアルコバレーノみたいな事言ってるんですか!そんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「ミーだって別に師匠に育てられた覚え、ないですー」
なんのかんのと言いながらも、それ以上誰かに向けて構うこともなく、骸はクロームを抱えたまま素早く物陰へと飛び下がった。
銃弾を受けたせいで、端の方は随分と欠けてしまっているが、それでもまだ壁は人間二人を戦火から守るのに十分な強度と領域を保っていた。バズーカか何か大きなものの直撃でも受けない限りは、まだしばらく安全だろう。
―そう、とにもかくにも問題はバズーカだ。
壁の裏に身を潜め、骸はゆっくりとクロームを覆っていたジャケットを取り去った。
そして、ジャケットの下から現れた、まだ幼いクロームの姿をまじまじと確認し、深くため息をつく。いつも余裕のある表情を浮かべている彼にしては珍しく、眉間に皺が寄っている。
「クローム……どうしてまたこのタイミングで……。とりあえず、これが終わったらあの牛にお灸を据えてやらなければいけませんね」
と、その言葉で、やはりこれは十年バズーカによるものだったのかと改めて認識をした。
状況からすれば、取り乱したランボがなにか武器を取りだそうとして誤射してしまった、というところだろうか。
それにしてもこのタイミングでやってしまうとは、果たして難儀なことだと言葉をかけるのは被害者側と加害者側と、どちらが正しいだろうか。
「あの、骸様……?」
それを差し引きしてもこれは一体どういう状況なのか、とクロームが聞こうとしているのを察し、骸は険しい表情を改めた。
「大丈夫ですよ。今は少々騒がしいですが、すぐに収まります。おまえが心配することはなにもありませんから、安心して元の時間に戻るのを待っていればいいんです。僕も一緒に居ますから」
先程の驚きようが嘘のように、優しく肩を抱かれ、たったそれだけで条件反射のように安心してしまう。
だから現状確認とはまた違った問いを投げかける。
「私も一緒に闘ってるんですか……?」
今ここに自分がいるということは、当然十年後のクロームも一緒に闘いの中に身を置いているということを意味する。もちろん、頭では十分にそのことを理解しているのだが、あえて言葉でも確認をしたかった。
こくりと確かに骸が頷いたのに、またほっと吐息をこぼす。
そしてそれがもう一つの問いを口にする背中を押してくれた。
「あの、私、ちゃんとお役にたってますか?」
恥ずかしさ不安さが入り混ざった、何とも頼りなげなクロームの表情に、骸は苦笑を浮かべた。
まだこの頃の彼女は自分に自信が持てず、ただただ自分が役にたつ存在になれているのかどうか、そればかりを気にかけていたように思う。
いや、ひょっとしたら今でも実際のところは変わらないのかもしれないが、ここまではっきりと不安を表すことは少なくなっていた。それを思えば、彼女も成長したのだと感慨深くも思うが、どこか寂しい気もしなくはない。
「もちろん。でなければ十年も一緒に居ません」
きっぱりと事実だけを告げる。
骸にしてみれば今更わかりきった事実でしかないのだが、ここに居るまだ幼い彼女にとってはまた違って捉えられることだろう。
「よかった……」
骸の言葉にほんのりと頬を染め、心底嬉しそうにクロームは微笑んだ。
こんな戦場だというのに、周囲では銃弾が飛び交っているというのに、クロームはとても安心したように微笑んでみせた。骸はそれに内心、驚いていた。
十年前の、子供といってもいいクロームが、抗争の真っ直中で怯えもせずに笑みを浮かべるとは。銃声に耳を塞ぐわけでもなく、硝煙の匂いに顔をしかめたり怯えをみせることもなく、ただ骸だけをひたむきに真っ直ぐ見つめている。
(なるほど、僕の目に狂いはないようですね……)
十年前の己の審美眼を自画自賛しつつ、そっとクロームを抱き寄せる。今でも十分華奢な体だが、十年前の少女のものだと更に輪を掛けて華奢だ。少しでも力加減を間違えてしまえば、そのまま折れてしまいそうに思えてしまう。
けれど、時を重ねればこの娘は、華奢なままでもすぐには折れない、強さとしなやかさを兼ね備えるのだ。
その過程を見続けていたのは、他の誰でもない、自分に他ならない。
そのことを改めて認識し、無性に愛しさがこみ上げてくる。
「クローム、おまえはもっと胸を張っていていいんですよ」
そう語りかけると、クロームは、なぜ?と不思議そうに首を傾げた。
「そんなに頑張っている姿を見ると、僕はどうしてもおまえを甘やかしたくなってしまって困ります」
そっと、内緒話を打ち明けるように囁くと、かっと頬が目に見えてはっきりと赤く染まった。間違いなく恥ずかしさ故だろう。
それの初々しさがまた可愛らしく思えてしまって、だから今ここでできる限りを尽くして彼女を甘やかしてしまうことにした。
「おまえが戻るまでこうしていましょう。ここは騒がしいですから」
耳元で囁きかける声は、他の誰にも聞かせたことのないくらい甘く、優しい。
「大丈夫です。私、骸様と一緒なら、なにも怖くないです……」
「それはそれは」
くすくすと零れる笑い声は、あまりに場違いなほどに楽しげで嬉しそうな雰囲気を含んだものだった。
戦場の中で、そこだけが切り取られたかのように静かで穏やかな空間だった。
偶然が巡りあわせたほんの僅かな時間は、彼ら二人の絆を改めて際だたせる。
流れる時間がどうなろうとも、周囲がどうあろうとも、彼ら二人は二人のままだ。結びつける絆も、寄せる思いも変わりはしない。誰に変えられるものでもない。
騒々しい戦場の中、残された僅かな時間を二人は互いの思いを抱きしめ、寄り添い過ごしていた。
作品名:そばにいたいの 作家名:ヒロオ