ぼくとねこ
「うひゃあ!?」
突然の奇襲だったために、僕は奇怪な悲鳴を上げてその場から飛び上がった。対する静雄さんも僕がそんなに驚くとは思っていなかったのだろう、軽くサングラスの奥の目を丸く見開きながらわるい、と呟いた。
「あ、いえ……僕の方こそすいません」
「おう……で、なにしてたんだ」
狭い路地の一角に制服姿でしゃがみ込んでいたから、目立ってしまったのだろうか。
静雄さんのはすたすたと歩み寄ってくると、しゃがんでいる僕の手元を覗きこんだ。
「猫か」
「はい」
僕の手元でじゃれついているのは、白と茶色の猫だった。あまり大きくない体つきから察するに、まだ子供なのだろう。
昼の残りのサンドイッチのパンを千切って与えていたのだけれど、その猫はさしたる抵抗も無しにパンにかじりついている。
「猫って、雑食なんですね」
「けっこう何でも食うぞ、こいつら」
「そうなんですか?」
「まあ、個人差はあるだろうけどな。前飼ってたやつなんかどら焼き丸まる一個食ってた」
「ど、どらやき……」
どっかのネコ型ロボットじゃあるまいし、その呟きは口の中だけに留めた。
「そいつ、野良猫なのか」
「いえ。首輪ついてるんで飼い猫だと思いますよ」
真新しい首輪にはご丁寧に特注のプレートまでついていて、英語でおそらくこの猫の名前と、あとは飼い主の電話番号が書かれていた。
「名前は……えっと……」
「どれ」
二人で首輪のプレートを凝視する。
「……」
「……」
「タマでいっか」
「そうですね」
僕と静雄さんの英語の読解力は、意外にも同レベルだったらしい。いや、別に日本にいれば英語必要無いですし、そうだよな俺たち日本人だし、そんな風に言い合ってみたけれどあまりプライドの回復には至らなかった。
名前を呼んでもらえなかった猫はにゃあと一鳴きすると、食い散らかしたパンもそのままにどこかへ行ってしまった。
「……あいつ今、絶対俺らの事馬鹿にしたな」
「ええ……たぶん」
一体なんて名前だったのか、しばらく僕と静雄さんは頭をひねってみたけれど、結局わからずじまいだった。