ぼくとねこといろいろ
白と茶色の猫にサンドイッチのパンの部分を与えていたら、ふらりとどこからともなく現れた臨也さんが猫の首輪のプレートを覗きこんでそう言った。
「のわーる……ですか」
「そう」
「noirで……ノワールって読むんですか」
「そう。ちなみに英語じゃなくてフランス語だから」
「……そうなんですか」
なんて事だろう。この間僕と静雄さんが散々悩んだこの猫の名前は、まさか英語ではなかったとは。そりゃあ読めないはずだ、だって英語ならともかくフランス語なんか学校で習わないし。
「読めなかったの、帝人君」
「……はい」
「あっはっは」
わざとらしく笑う臨也さんを睨むのもばからしくて、僕は早く次を寄こせと急かす様ににゃあにゃあ鳴く猫のために再びパンをちぎった。
「ノワールって……どういう意味なんですか」
「黒、だね」
「黒?色の黒ですか」
「それ以外になにがあるんだよ」
確かに、その通りである。
(でも……)
「この猫、黒くありませんよ」
「そうだね」
白と茶色、間違ってもこの猫に黒い要素なんて何一つない。一体飼い主はどういう理由でこの猫に"黒"なんて名前を付けたのだろう。
「帝人君ってさ」
「はい」
「最近ここにきてるよね」
「はい。最近はけっこう、来てますよ」
「この猫に会いに?」
「はい……臨也さんもそうなんじゃないんですか?」
問うと、びっくりしたような顔で「どうして?」と尋ねられた。
「だって、にぼし持ってるから」
臨也さんのコートのポケットから覗くそれを指摘すると、彼ははあ、と盛大にため息をつく。
「……まあ、猫に会いに来てるのは、間違ってないかな」
もっとも、俺が会いに来てる猫はこの猫なんかよりもよっぽど黒に近い猫だけどね、臨也さんがそう言い切ったところでがこん、だかがしゃん、だかの耳障りな音が聞こえてきた。
「いーざーやー……」
「やば、みつかった」
振り返ればそこには街灯を片手に持つ静雄さんがいて、僕がもう一度横に首をむけると既に臨也さんの姿はなかった。
「待ちやがれ!」
標識を持った静雄さんが鬼のようなスピードで駆け抜けていく。
取り残された僕と猫は顔を見合わせた。とりあえず次をよこせとせがむ猫にはいはいと言いながらパンをちぎってやると、そこに先程まではなかったものが落ちている事に気付く。
「静雄さんも、お前に会いに来たのかな」
にぼしの袋と百円ショップで売ってるようなねこじゃらしのおもちゃが取り残された地面を見つめて、僕は一人、そうつぶやいた。
作品名:ぼくとねこといろいろ 作家名:ひいらぎ