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愚者と妖精についての小話

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首のない彼女の、首の話


 首のない彼女の、首の話をしよう。いつか妖精から人間になった彼女の話だ。人間たる彼女を僕は知っていて、しかし彼女を未だ妖精と思う輩も多い。おそらくそれは、ヘルメットの中の、空虚な闇に、人が自分自身を映すからだろう。たとえば神社の社に飾られている鏡に人が恐れをなすように、夜の闇に反射する彼女の空虚な暗闇こそが、都市伝説たる所以であり、チンピラ共に恐れられる経緯なのだ。
 首のない彼女の、首の話をしよう。
 妖精と共に暮らして、当たり前に彼女を好きになって、物語の定石通り晴れて二人は恋人同士になった。外ではかぶっているヘルメットを脱いだ、顔の無い彼女の素顔を見れる人物は池袋にも数少なく、ほとんどを自分が占有しているのだと優越しつつ、ソファで居眠りする彼女に白衣を脱いでかけてあげる。人外の存在である、風邪などひくことはないだろうけれど、愛情愛情、情とはつまり自己満足だ。
 先ほど帰ってきた彼女が、眠るまでの様子を話そう。珍しくもひどく取り乱し、慌ただしく家に入ると、おかえりなさいを言う間もなく、ふざけたなりで両手を広げた新羅の胸に飛び込んで、およそ抱き締められるままになっていた、それは例の交機に追い回された場合とまた違い、新羅は甘えられる喜びを少なからず感じつつも、彼女の背中を優しくあやす。何があったの、問いかけるまでの時は十分、落ち着いたと確認した後、そっと体を離して肩を抱く、震えはようやく収まってきて、ヘルメットを外し、いったんソファに落ち着いて、そして手元にパソコンを引き寄せ、打ち込みだした、狂態の原因。仕事のいざこざで絡まれたチンピラを、少しの実力行使を持って黙らせた、そこまでは常の騒動であった、しかし彼らの内の一人が怯えながら言った、「見るな、そんな目で俺を見るな」、一切虚無のヘルメットの、暗い奥を見据えながら、たしかにチンピラはそう言ったのだ、「見るな」。その言葉が彼女を震え上がらせた、しがない小悪党は、彼女の虚無に何を見たのか? 失くした首の亡霊が元ある位置に据わっているのか? 暴力暴力、黙らせてもなお、「そんな目で見るな」、言葉は虚空に反芻される、彼女の潔くも無である空間が、確かに他人に影響していた、それが彼女には恐怖であった。管理できない己の一部を、何よりも彼女は恐れている。一通りの話を打ち終えた手をそっと握り、震える肩に手を回し、自らの胸へと抱き寄せる。遜色ない恋人同士。
 首が無ければ泣けないのと彼女が泣くのを岸谷新羅は確かに知っていて、それよりも泣く為の涙腺も眼球も所持していて泣くことのない自分の方が異端なのではないか、といつだって思っていた。