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トランバンの騎士

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 眉を寄せたまま耳を疑っているらしいイグラシオには気づかず、先に伝令を持ってきていた兵は『自分と同じ知らせ』を持ってきた伝令兵に安堵のため息をもらす。
 そしてあまりのことに言い出しにくかった『報告』の続きを、イグラシオの耳に届けた。
「西門も『トランバン市民の手により』、『内側から』破られました!」
 城壁とは、本来外敵から街と城を守るためにある。
 その城壁を、内側の人間が暴徒を迎え入れるために開こうとするなどと、誰が考えるだろうか。
 二人の伝令兵の持ってきた『報告』に、イグラシオは軽い眩暈を覚えた。
 つまりトランバンの城壁に守られた市民たちは、護衛を勤める自分達閃光騎士団ではなく、外側の暴徒を選び、自ら受け入れたのだ、と。
 閃光騎士団に領主ごと守られて今のままの暮らしを続けるよりも、外からの暴徒を受け入れ領主を排除することを選んだ。
 領主と己の人徳のなさを痛感させられ、イグラシオは渋面を浮かべて視線をハイランド軍へと戻す。
 前方からは一国の軍隊。
 後方からは暴徒と化した領民。

 絶妙なタイミングで前後を挟まれ、イグラシオもまた決断を迫られた。



 城壁を降りて南門の前に兵を布き、イグラシオはハイランドの軍勢を待ち受ける。
 よくよく考えればおかしな話だった。
 暴徒は西門、北門、東門を攻めているが、南門には一人もいない。盗賊に先導されているのか良く統制が取れており、騎士であっても手を焼いていると伝令兵からの報告が続いた。どうやら要となる『頭』を得たらしい暴徒が、南門だけを攻めない理由はない。そして、暴徒が南門だけを攻めなかった理由は――『ハイランド軍』こそが、彼らの『頭』なのだろう。
 軍を引きつれ近づき来る司令官を視界に捕らえ、イグラシオは唇を引き結ぶ。
 城壁の上からでは、ハイランド軍を阻むことはできない。東西二つの門同様、すぐに市民が内側から『他国の軍勢』を受け入れるだろう。となれば本来は最大限に地の利を活かせる高所は、逆に逃げ場のない場所でしかない。市民とハイランド軍からの挟み撃ちを避けるためには一度トランバンの城壁から外に出て、そこで向かえ討つ必要があった。
 城壁から距離をとり、目の前へと迫ったハイランド軍の指揮官を睨みながら、イグラシオは朗々と口を開く。
「我が名はイグラシオ。トランバンは自治領だ。いかなる国の干渉も受けぬ。貴殿等が武力で来るのなら、我らも武力で答えるのみ」
 そう宣誓しながら剣を抜くイグラシオに、軍を率いていた指揮官は軍馬から下りて応えた。
「僕はハイランドの王、ウェイン。イグラシオ殿、噂は聞いています。勇気があり、義に厚い騎士だと」
 金色の髪をした王を名乗る『騎士』に、イグラシオは僅かに眉をひそめる。
 悪徳領主と嫌われるボルガノを守護しているため、悪名は馳せても勇名を馳せた覚えはない。
 そしてその名がハイランドの王を名乗る男の耳にまで届いているとなると――トランバンに住む何者かが、ハイランドへと通じたのだろう。
 眉をひそめるイグラシオには構わず、ハイランドの王は剣を抜いた。
「貴殿に一騎打ちを申し込む! これ以上の犠牲は、あなたも望んではいないはずだ」
 耳を疑う敵指揮官からの提案に、イグラシオは内心で瞬く。表には出せない。表に出してしまえば、敵に隙を見せることになる。
 それから『騎士』の言葉を脳内で繰り返す。
 騎士は『これ以上の犠牲』と言った。
 つまり、盗賊に先導された領民たちの一斉蜂起は、やはり目の前の男により仕込まれた事だと言う『宣言』だ。
 トランバンの内情を熟知し、閃光騎士団たる自分の情報をも持ち、城壁に守られた市民ですらも自分達の味方になると確信した上での『これ以上の犠牲』発言へと繋がる。
 互いの兵士をぶつけ合う白兵戦では、イグラシオに勝機はない。戦闘が長引けば街を抜けてきた暴徒が到着し、ハイランド軍との挟み撃ちになるだろう。
 逆に考えれば、ハイランド軍からしてみれば戦闘を長引かせれば長引かせるほど有利になる。それでなくとも暴徒の鎮圧に戦力を割いているため、イグラシオの率いる兵は人数的にも劣っていた。
 自らを不利へと誘う騎士の提案に、イグラシオは渋面を浮かべる。
 自分に有益すぎる提案に、警戒心を掻き立てられない者はいない。
「僕が負けたらハイランドは兵を引こう。あとは市民の鎮圧にでも、好きに向かうといい」
 さらに追加された『挑発』に、イグラシオとしては面白くない。が、その『挑発』に乗ることが最良の策であることは判る。
 上手く指揮官の騎士一人を退けられれば、ハイランドは軍を退くという。
 そうなれば残る敵は暴徒のみ。
 暴徒のみを相手にするのならば、まだトランバンは持ち直せる可能性があった。
「……その申し出、お受けしよう!」
 提案を受け入れなければ兵士同士の白兵戦で犠牲が増え、戦が長引けは暴徒と市民の犠牲も増える。万が一にも領主に勝機はなく、自分は騎士として主を守ることができない。
 イグラシオは騎士と向き合うと、剣を構えた。



 トランバンから少し離れた丘の上に陣を移動させ、ニーナの預かる救護班は傷ついた兵士の手当てをするための天幕を張った。
 ここからならば、戦場の様子がつぶさに見て取れる。
 癒しの力を扱える一人として従軍していた佳乃は丘の上に立ち、トランバンを見つめ――眉をひそめた。
 おかしい。
 先程から、ハイランド軍の進軍が止まっている。
 トランバンの城壁から出てきた僅かばかりの兵と睨みあって、一歩も前へと進まない。
 よく目を凝らしてハイランド軍の前方をみると、なにやら微かに動いているような気もするのだが……いかんせん、距離がありすぎた。敵兵の剣はおろか矢も届かぬようにと後方に設置された救護用の天幕からは、戦場全体を見渡すことはできても、その前方で何が起こっているか等の細かいことは判らない。豆粒よりも小さな人の頭が動いているような気もしたが、はっきりとはしなかった。
 無駄なことと知りながら、佳乃は背伸びをして足掻いてみる。
 当然、そんなことで距離は縮まらない。
「……行っちゃおう、かな……?」
 誰に言うでもなくそう呟き、佳乃はあたりを見渡した。
 幸いなことに、まだ怪我人は出ていない。
 それに、多少の怪我人であれば佳乃がいなくともニーナがいる。ニーナの手が離せなくなったとしても、ここは一国の軍の陣営だ。昨今では珍しくなった癒しの力を使える僧侶も、何人か従軍している。
 きょろきょろとあたりを見渡し、佳乃は忍び笑う。
 それから心の中でニーナに詫びて、トランバンへと向い走り出した。



「あなたのような方が、なぜボルガノのために戦っているのです?」
 トランバンの護衛隊とハイランド軍兵士の双方に囲まれ、白金の鎧をまとった騎士と、漆黒の鎧をまとう騎士が剣を交わした。
 双方の兵士に見守られながら、ウェインはイグラシオへと剣を振り下ろす。
 それをたやすく受け止め、横へ流しながらイグラシオは眉をひそめた。
 ウェインの口から洩れる言葉は、毎日のように自分を苦しめていた疑問だった。
「彼が市民を苦しめていたのは、あなたも知っているはず」
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ