トランバンの騎士
自分が守りたい『もの』は領主その人ではなく、ウェインが言うように力を持たぬ『弱き民』だ。
例えば、今一番身近くいる佳乃のような。
「……ウェイン殿、どうやら私が間違っていたようだ」
深くため息を吐いた後、そう口を開いたイグラシオに佳乃は視線を移す。
イグラシオは自分を見てはいなかった。
ただ真っ直ぐに――迷いの消えた目で――ウェインを見つめ、その清々とした『初めて見る』イグラシオの顔に佳乃は見惚れる。
イグラシオは元々整った顔立ちをしてはいたが、見惚れたことなど今までにない。
先程のウェインの言葉とは違う意味で頬を染めながら、佳乃は目を逸らすことなくイグラシオの横顔を見つめた。
「私は自分の罪を償いたい。そのためにお願いがある」
続く言葉には、やはりまだ葛藤があるのだろう。
一度言葉を閉ざしたイグラシオを、ウェインは急かすことなく待った。
「……どうか、貴殿の軍に私を加えてはいただけないだろうか」
迷いを振り切ったとはいえ、そう簡単に生き方を変えられないのが人間だ。
迷いながら、葛藤をしながらも決意の言葉を口にしたイグラシオに、ウェインは手を差し出した。
「もちろんだ。ハイランドは喜んで貴殿を迎えよう」
差し出されたウェインの手に、イグラシオは自分の手を重ねる。
その瞬間、佳乃の長いようで短い旅が報われた。