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ナターリヤさんが家出してきました。

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第10話


■前回までのあらすじ■
風邪をひいた私をナターリヤさんが看病してくれました。照れるナターリヤさんもかわいいですね。けど危ないから転んじゃ駄目ですよ?


温かいそこが、私の居場所。いつまでも、そこにいたいと思える場所。
冷たくて暗い心が、ゆっくりと、ゆっくりと、解かれていく。
だから、このままでいるわけには、いかないんだ。

ナターリヤが本田の家に来てから、1ヵ月が経っていた。
お互いに自分の気持ちを告げないまま、挙動不審になりながらも、毎日を過ごしていた。その均衡を破ったのは、一つの電話だった。
ジリリリリと鳴る電話に気付いて、ナターリヤは受話器を取った。本田は洗濯をしていて手が離せなかったからだ。
「もしもし、本田です。」
「君はいつから本田になったのかな?ナターリヤ。」
受話器越しに聞こえてくるのは、愛する兄の声だった。でも今は、一番聞きたくなかった声でもあった。兄に、自分のいる場所がばれてしまったのだ。ゆっくりと息を吐き、そして吸う。決心はついていた。いずれこんな日が来ることは、わかっていたのだから。
「兄さん、お話したいことがあります。」
ナターリヤの声は、決心に満ちていた。言わなければならないことがあった。兄にも、本田にも。
「そう、わかった。これからそっちに行くよ。本田くんにも伝えておいて。」

電話を置くと、本田が寄ってきた。
「どなたからでした?」
「・・・兄さんが、こっちに向かってる。」
ぽつりと呟くと、本田は驚きの声をあげる。
「イヴァンさんが?」
「もう・・・お別れかもしれないな。」
ナターリヤは自分にあてがわれた部屋に向かった。帰るのに、荷物を纏めなければ。本田は、踵を返したナターリヤの腕に手をかけた。
「行ってしまうんですか。」
「私は、『ベラルーシ』だ。」
行かないでください、とは言えなかった。『国』は、個人ではない。「ナターリヤ・アルロフスカヤ」である前に、彼女は『ベラルーシ』であり、「本田菊」は『日本』だった。
何故彼等は、個人的な感情を有するのだろうか。ただの国であれば、こんなものを抱くことはないというのに。恋情などは、国にとって一番厄介なものなのに。
傍にいたい。けれど、それは許されることではなくて、ずっと一緒にいることも、結婚することもできなくて。『国』である彼等は、『国』であるから、縛られる。大切なのは、一番重要なのは、個人の意思ではなく、国民と国土。彼等に自由は許されない。それは多分、彼等が『国』でいる限り。
『ベラルーシ』は、これ以上国民を裏切ることなどできなかった。

「好きです。」
本田からは、ナターリヤの顔はよく見えなかった。泣いているようにも見えた。触れる手に力が籠る。
「ずっと傍にいてくれなんて、無責任なことは言いません。電話もします。手紙だって書きます。貴女のお家に、何度だって行きます。だから、・・・だから、桜が咲いたら、会いに来てくれますか?」
それが、本田菊にとって、『日本』にとって言える、最大級の告白だった。これ以上は望めない。それ以上は、人間でなければできないことだった。
ナターリヤは、そのままぴくりとも動かなかった。
「・・・桜なんか咲かなくても、・・・何度だって会いに来てやる。私だって・・・お前の傍に・・・わっ」
最後まで言い終わらないうちに、ナターリヤの身体は本田に抱きしめられていた。
「好きです。」
「いきなり抱きしめるな、馬鹿。」
「明日から、寂しくなりますね・・・」
「・・・うん。」
「静かになってちょうどいいですが」
ナターリヤは本田の頭を力一杯殴った。



イヴァンが来ると、ナターリヤは纏めた荷物を持って本田の家を出た。
「また、会いましょう。ナターリヤさん。」
「ああ・・・またな。」
にっこり笑う本田に、ナターリヤは手を振った。
こうして、ナターリヤの長くて短い家出が終わったのだった。

「ねえナターリヤ。」
ぽつりと聞くイヴァンに、ナターリヤはにこっと笑う。
「何でしょう兄さん。」
「この家出って、意味あったの?」
この1ヵ月のことを胸で反芻しながら、ナターリヤは答えた。
「・・・大切な場所を、見つけました。」
穏やかになったナターリヤの顔を見て、イヴァンはこめかみに青筋を立てる。けれど、ナターリヤには気付かれないようににっこり笑った。
「そう・・・それはよかった。」
後で本田をコルホーズに送ろうという考えは、心の中に押し殺した。こんなに穏やかなナターリヤの顔を見るのは、初めてだったからだ。
「仕事、たくさん溜まってるから、最低1ヵ月は会えないよ。」
意地悪そうに笑ったイヴァンを見て、ナターリヤはげっそりした。けれど拳を強く握る。
「承知の上です。それに・・・」

(好きです。)

あの言葉と、あの温もりがあれば、なんだってできる気がした。
「うーん。やっぱり本田くんコルホーズに送ってこようかなあ。」
イヴァンが小さな声で呟いた言葉は、ナターリヤには聞こえなかった。



「ナターリヤさん」
「なんだ」
溜めていた仕事を終わらせたナターリヤは、本田の家に遊びに来ていた。手紙もたくさん届いたし、電話だってした。けれど、この温もりは日本にしかなかった。
「そういえば、お返事を聞いてません。」
「なんの?」
しらばっくれようと首を傾げるナターリヤを、本田は抱きしめた。身動きが取れない。
「告白の返事です。」
「・・・言わなくても、わかるだろ・・・。」
真っ赤になって照れるナターリヤはとてもかわいらしくて、ついつい意地悪してしまいたくなる。
「わかりませんよ。じじいですから。」
「・・・歳はあんまり関係ないと思う。」
「早く言わないとちゅーしますよ」
くい、と顎に手をかけられる。ナターリヤはさっきよりも真っ赤になった。
「う・・・・・・・・好き、です。」
「はい、よくできました。」
にっこり笑った本田は、ナターリヤに口付けた。

ああ、温かな。ここが、私の居場所。



了.