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ナターリヤさんが家出してきました。

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だんだん雲行きが怪しくなってきたからだろうか。ナターリヤがベンチに座ってしばらくすると、ポタリ、ポタリと雨が降ってきた。徐々に強くなる雨にうたれながら、ナターリヤは瞳を閉じた。
無様だ。滑稽だ。こんな姿、国民には見せられまい。じわりと、涙がにじんだ。
泣き虫で、さびしがり屋で、一人が嫌いな「ナターリヤ」。どうして涙がでるのかはわからない。きっと「ナターリヤ」が悲しんでいるのだ。怖がっているのだ。一人でいることを。誰にも必要とされないことを。
「帰る場所」が、どこにもないことを。
濡れる衣服と髪を見た。雨は止まない。ぽちくんがいなければ、道もわからない。「帰る」こともできない。まるで迷路に迷い込んでしまったように。答えは、でない。出口の光は、まだ見つからないまま。
ナターリヤは、いつもひとり。昔からそうだった。今だって、そうじゃないか。誰かに欲しい欲しいと言うばかりで、誰かに何かを与えることはできなくて。いつもいつも、愛を、温かさを、求めてばかりのナターリヤ。「愛して」の言葉を聞いても、兄は泣き叫ぶだけだった。
(誰も「私」を愛してくれない)
何もできない、「ナターリヤ」。かわいそうな「ナターリヤ」。涙はほろほろと流れ落ちた。雨が涙をかき消してくれる。雨は次第に強くなっていった。髪の毛は濡れて、ぺったりとはりついている。
「あいして・・・。」
小さな声で、つぶやいた。誰に聞かれるわけでもない。けれど、口をついて出た言葉がそれだった。ゆっくりと瞳を閉じる。
「ナターリヤさんっ!」
誰かの声が聞こえて、ナターリヤは瞳を開いた。
「ほん・・・だ・・・?」
目の前には、びしょ濡れの本田が息を切らしていた。傘を持っているのにさしていない。
「ぽちくんが・・・鳴くので・・・なにか、あったのかと・・・」
ぽちくんは、本田の足元できゃんと鳴いた。
「足を、くじいただけだ。」
腫れた右足をちらりと見せる。本田は、ナターリヤを抱きしめた。
「ほんだ・・・?」
「無事で・・・よかった・・・」
お互いにびしょ濡れになっているはずなのに、なぜか本田の腕の中は温かかった。
「ご、ごめん・・なさい・・・っでも。味噌は、味噌は無事だ!」
手に持っていた袋を持ち上げて見せるナターリヤを見て、本田はまたナターリヤを抱きしめる。今度は、さっきよりも強く。
「・・・本田・・・?」
「怒りますよ・・・」
何故怒られるのか、ナターリヤには全くわからなくて、でもその声はとても真剣で、いつもより怖かったので咄嗟にあやまってしまう。
「ご、ごめんなさい・・・」
「もっと、自分を大切にしてください。貴女は、女の子なんですから。」
抱きしめられていた腕が解いて、本田はナターリヤを見つめた。
「次は、ないですよ?」
ね?と笑う本田がなぜかすごく怖くて、ナターリヤは無言でこくりとうなずく。
「それじゃあ、帰りましょうか」
本田は持っていた傘をようやく開いて、ナターリヤを雨から守った。もうびしょ濡れだからあまり意味はないのでは・・・と言おうとしてナターリヤは口をつぐんだ。二度目はないと言われたばかりだ。
「うん。」
ぽつりと、本田には聞こえない声でつぶやいた。
答えは見つかった。本田の、腕の中で。
(ここが、私の・・・。)

「帰る場所。」