グッド・モーニング
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朝食を作るのは兄の仕事だった。弟の仕事は、犬の鳴き声が三秒以上続く前にベッドから起きることである。それらは仕事というより生活の一部なのだが、兄はこの朝の風景を「仕事」だと言って聞かなかった。まだ職を持たない兄だから、何かやるべきことをしていないと落ち着かないのかもしれない。
弟が、うまく開かない瞼を擦りながら椅子に腰かけたのを同じころ、兄もまた席に着いた。弟と向かい合う形である。弟はテーブルの上をじっと眺めた。つやつやと光る白米が眩しい。目を瞑ると、少し焦げた赤味噌の匂いが鼻腔をくすぐった。その先に、微かに兄の匂いがある。
「ムッちゃんは食べないの?」
「お前送ってから食うよ」
目尻に柔らかそうな皺を作った兄の目が、弟の顔を見つめている。実に幸せそうな笑みである。
弟はそう、と一言呟いたあと、「いただきます」と箸を手に取ろうとして、すんでのところで止めた。兄が首を傾げる。
「やっぱり一緒に食べよう」
見つめ返した兄の目は、一瞬大きく開いたあと、ゆるやかな弧を描いた。椅子を引きずる音がして、兄が立ち上がる。いそいそとキッチンへ向かい、茶碗いっぱいにご飯を盛る兄の姿を、弟は静かに眺めた。良い朝だ。
(グッド・モーニング/2010.9.7)