二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

不器用な左手

INDEX|1ページ/1ページ|

 
ぽちの餌皿に犬用のご飯を入れている菊を、ナターリヤはじっと見ていた。右手は腿の上、左手はぽちの頭をもしゃもしゃと撫でている。あまりに勢いよく撫でていたので、ぽちはご飯が食べれないのだろう、きゅん、と鳴きながら身じろいだ。仕方なしに左手をどける。そんなナターリヤを見て菊がくすりと笑った。じっと見ていたので視線がかち合ってしまう。なぜだか急にむくむくと反抗心がわいてきて、ぷいと横を向いてしまった。しまった、これじゃあ露骨すぎないか、と思ったが、仕方がないので黙り込んだままにする。むすりとした表情のままぽちを見ているナターリヤに、菊がぽすりと右手を乗せた。ふふ、とその静かに、耳に心地よく響く笑い声に目を閉じる。
「ナターリヤさんも、おなか空いたでしょう。お昼にしましょうか」
 そう言って、菊がナターリヤの頭にちょこんとついているリボンの後ろ辺りをくしゃりと撫でた。その、自分とは違う体温に、自分よりも大きい骨ばった感触に、ほっとため息をつきたくなる。ふと、菊の右手を掴みたくなる。おもむろに左手を伸ばそうとしたが、少し戸惑い、そして力無く降ろした。なにを、ばかなことを。そんなことを考えていると、いつの間にか頭の上にあった手の暖かさはなくなっていて、菊はドッグフードの袋を抱えたまま台所へと消えていく。その後ろ姿を見ながら、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
幼い頃、よく兄に頭を撫でてもらった。姉に、髪を梳いてもらい、リボンを結んでもらった。彼らの手は温かくて、優しくて、大好きだったのに、いつのまにか自分は大人になってしまって、その手が己の頭の上にくることはなくなってしまった。。不器用な左手は、掴んでおけばよかった手を離してしまい、掴み方を忘れた手は手をつなげないままでいる。その寂しさを、虚勢で隠していたはずなのに、あっさりと見つけだしたのは菊だった。なにかあるとすぐ、菊はナターリヤの頭を撫でる。それは子供扱いに等しく、腹立たしいことこの上ない。けれど、その手の感触に、振り払えないでいるのもまた事実だった。けれど最近、ふと思うことがある。頭をくしゃりと撫でられたとき、妙な枯渇感があるのだ。これはなんなのかしら。そんなことを考えながら、ナターリヤは再びぽちの頭に手を置いた。台所の方からは、包丁のリズミカルな音が聞こえる。菊の右手は魔法の手だ。おいしいご飯を作れるし、なにやらマンガとやらを描いている。よくわからないけど、うまいと思う。ちなみにこれは普段見せてくれないので勝手に忍びこんで見た。内緒だ。あと、字もきれいだし、お裁縫もできていた。その手に、触れたらどうなんだろう。そこまで考えて、は、と息を飲んだ。自分は、なにを考えているんだ。ばかばかしい、と思いつつも、その考えを捨てきれない。あの、優しい右手に、触れてみたい。じっと、左手を見つめる。左手? 右手じゃなく? そこまで考えて、あはは、と笑いたくなった。お前は、愚か者だな。そう自嘲する。けれど、悪い気持ちではなかった。左手を見つめたまま動かないナターリヤを、菊が台所からひょっこりと顔を出して見る。不思議そうな顔をしつつも、にっこりと笑った。
「ナターリヤさん、ご飯、できましたよ。運ぶの手伝っていただけます?」
 タオルで手を拭きながらナターリヤの側に寄ってきた。
「……? なにか手についてしまいましたか?」
 手を見つめたまま動かないナターリヤに、菊が話しかける。ふるふると首を振り、突然顔を上げた。驚いて、それでもどうしました? と優しく問いかける菊の右手を掴む。それはもう、ものすごい力で。ぎりぎりと握りしめた右手に、少し顔を歪めつつもおやまぁ、と笑って左手をナターリヤの頭に乗せた。
「あまりそう強く握られると、あなたの手が疲れてしまいますよ」
 大丈夫、離しませんから。そう言って、きゅ、と左手を握り返す。左手を包む暖かさに、自分は握手でも、たださわるだけでもなく、手を繋ぎたかったのだと自覚した。
「さて、それではご飯にしましょうね。さ、行きましょうナターリヤさん」
 そう言って、くい、と左手を引っ張る。その手を見て、なんだかむずがゆいような、そんな気持ちで一杯になった。
不器用な左手は、まだその居心地に慣れないようだ。けれど、とナターリヤは思う。これはこれで悪くない。そんなことを考えながら、少しずれてしまったリボンを右手で直した。
作品名:不器用な左手 作家名:Metro