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しあわせとは!?

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「しあわせとは!?」

 傘の下から少女は叫ぶように言った。その音量は、橋の端と端に立つ俺と彼女の距離を越える為の努力なのだろうか? どちらにせよ俺はその振る舞いを意外に思う。あと、伝わってきた言葉の内容も。
 しあわせとは、しあわせとは、しあわせとは。口に出さず三回復唱して考えた。姉上のことを思い出した。痛い。
「のんびり昼寝ができること、かなァ」
 彼女とは対照的な俺の声はきっと届かない。だいたいあいつは答えを求めているのか?
「へーんーじーはー!?」
 求めているらしい。
「晴れた日に仕事サボって昼寝すること!誰かにおやつでもおごってもらえりゃ最高でさァ!」
「聞こえないアル!」
 つーか長ェんだヨ、と、傘を振り回して彼女は言った。吟味した文句があっさり却下くらっちまったぜ。ひっでー。
 仕方なく、「昼寝」と一言叫んだ。
 質問。幸せとは? 回答。昼寝。…まったく、酷いやり取りだ! そう思ったのも束の間。俺の回答を受け取ったらしい少女が、にっこりと満足げに微笑んだ。俺の体は固まった。彼女はそんな俺に構わずにさっさと立ち去って行ってしまった。通行人たちの好奇の視線を一身に受けながら、俺はほんの少しだけ後悔を味わう。
 彼女の「しあわせ」が何なのか、聞いてみればよかった。




 橋の袂でサボってるところを発見された総悟がやけに大人しく帰ってきた。薄気味悪ィ、と思った俺に応えるかのように、奴はぽつりとこんなことを言い出した。
「しあわせって何なんでしょうねィ」
 この男が俺とシアワセについて語りたがる日が来るとは思わなんだ。
「土方さんは、マヨさえありゃ幸せなんだから、お気楽でいいなァ」
「安いなァ俺の幸せ」
 気味が悪いということを別にしても、俺はこいつと幸福について話したくなんかない。近藤さんが顔を出してくれて正直ほっとしたくらいだ。
 負い目、などと言ったらそれこそ俺はこいつに叩き斬られるだろうが。
「おお、総悟、帰ってきたか」
「近藤さん、総悟がシアワセについて教えてほしいってよ」
 シアワセ? と呟いて、我らが局長はきょとんとした。俺はこの人の回答に興味が湧いたので黙って待った。総悟も黙っていた。その沈黙はそう長く続かなかったがどこか懐かしい感じがした。
 その空白に「シアワセ」の文字を埋めても違和感はないかもしれない。
 近藤さんが、笑った。
「そうだな。シアワセについて考えるのは大事なことだよな。それを守るのが俺たちの仕事なんだからな!」
 丸い目がぱちんと瞬くのを横で見ていた。総悟が何を思ったのかはわからない。
 そんなもん、いつだってわからない。




 家を一歩出たら大きな声が響いて聞こえてきた。それはもう、ウザいくらいに大きな声が。
「おーたーえーさぁぁぁぁぁん!」
 そして間もなく黒服のゴリラが私の視界に侵入し、癇に障るニヤけ顔が急接近する。私はにっこりと、不機嫌になる。とりあえずゴリラを視野から外して歩き出したけど、大声はすぐに追いついてきた。
「お妙さん、お妙さん、お妙さん!」
「私の名前を気安く呼ばないで頂戴っつーかうるせーんだよゴリラ」
「お妙さん、」
 息を弾ませた彼の口から、その質問は唐突に出てきた。
「貴女は今、シアワセですか?」
 私は思わず立ち止まって振り返って、まじまじと見つめてしまう。未だに呼吸が整わないその男はにへらにへらと笑って私を見る。くそ。真意がわからない。
「ええ、そうね」
 慎重に睨みつけて、丁寧に言葉を選んで、私は答える。
「貴方が私の前に現れるまでは確かに幸せだったわ」
 さあどんな顔するのかしら? と思って待ち構えてみたが、ゴリラは至極満足そうに「それはよかった」と笑うだけだった。カチンときた。
「私の幸せを願うのなら消えてくださいなゴリラさん」
 ありったけの愛想をつぎ込んで笑顔を作ってみせると、男は生意気にも困ったように、それでいて意地の悪い笑い方をしてみせてきた。
「お妙さんの側にいることは俺の幸せですから、譲ることはできません」
「………呆れた」
 私は瞠目して天を仰ぐ。なんだろうこの敗北感。腹が立つ。




 再放送のドラマの合間に投げかけられた質問、『銀さんは、しあわせ?』。
「そうだなァ、甘いモンを目一杯食べても誰にも文句言われなくて家でぐうたらしててもどっからか金が入ってくるような状態になれたら、シアワセ」
 だなァ、と語尾を上げてみる。質問した張本人である新八は、呆れだか軽蔑だか判別し難い視線を送って寄越した。
「それってシアワセっていうか、ただの理想っていうか……欲望じゃないっすか?」
「欲望が叶ったらそれはシアワセなんじゃないの?」
 いつもなら即座にツッコミを繰り出す口が今回は大人しい。不服そうに反論の言葉を捜してさまよう視線を見て、なんとなく勝った気分。俺はごくごくとお茶を飲む。俺の優越感に新八は更に不満そうに唇を尖らした。
「つーか、なんでいきなりそんな話題が出てくんだよ」
「さっき姉上に聞かれたんです」
「新ちゃんは幸せ? ってか?」
「はい」
「で、なんて答えたの」
「まあ幸せだと思うから、そう思います、と」
「ふうん」
 そうか、幸せなのか。ジリ貧が相変わらずでも、姉ちゃんが恐ろしくても、同僚の少女が生意気で乱暴でも、上司がぐうたらしてるのを叱りつけなくてはいけなくても、こいつは幸せだって思ってるのか。そのことは俺の胸に何とも言い難い気持ちを喚起させるのだが、これはなんだろう。同情? いやいや、違う。
「ちなみに姉上は幸せだけど機嫌は悪いそうですよ」
「複雑な精神状態だな」
「ホント、難しいですよね」
 なんなんだろうなーしあわせって。独り言のように新八が言って、ほぼ同時に「愛してる」という言葉が耳に飛び込んできた。勿論そっちはドラマの台詞だった。どうやらTVの中の恋愛は最高潮クライマックス真っ只中。だが俺はそっちには構わず、ソファに預けていた背中を起こして真向かいの新八を思い切り凝視した。自然に現れた沈黙の中で新八の目は「なんでそこでそんなふうに僕を見るんだ?」と言っていたようだった。
 なんでってそりゃあ、先の『何とも言い難い気持ち』の名前が、わかってしまったからさ。
「『愛しい』」
「はあ?」
 驚きの声と疑問符が消える頃に、頬が赤く染まり始める。間近で展開してゆくその色はまた同じ感情を連れてきた。頬が緩みそうになったのを咄嗟にこらえて思う。
 ……なんだ、俺もちゃんとしあわせじゃん。
作品名:しあわせとは!? 作家名:綵花