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ずっとずっと好きだった。

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自我が目覚めたときには、周りは既に老成した大人ばかりで、少しでも早く大きくなることを望まれた。
幼いからと容赦されることもなく、兄には厳しく自立を促され、妥協など論外、何事も知らぬ存ぜぬでは通用しなかった。
”強くあれ”という家訓を叩きこまれ、戦闘訓練は特に厳しいものだった。
弱音を吐くことは許されず、常に誇り高く、気高い存在であることを求められた。
それが正しい姿であると信じ、兄のことも尊敬していた。
ツライ、ニゲダシタイ、などと思ったことは一度もなかった。
身内から寄せられる期待に恥じぬよう、俺は強くなる、そのことだけを考えていたからだ。
それでも、どうしても、土に膝をつきたくなるような思いになることはあった。

そんなとき、彼女が傍にいてくれた。
彼女と過ごす時間はとても短いものだったが、乾いた土が水を吸うように、なにかが心の中を満たしていく感覚があった。
優しく微笑んで俺の名を呼んでくれる彼女を、密かに(ねえさん)と呼んで慕っていた。
彼女の淹れてくれたコーヒーを飲んでまどろむ日もあった。
ただ隣り合って本を読むこともあった。
とかく、あのふわりと揺れる長い髪に触れるのが楽しかった。
いつまでも触れていたくて。でもできなくて。
そんなもどかしい思いさえも楽しいと感じていた。

年を経て俺はぐんぐんと大きくなり、ねえさんの背などあっと言う間に追い越し、そのうち兄の背までもを追い抜いてしまった。
さすが俺の弟だ、と兄は嬉しそうに背を叩いてくれた。
ねえさんも、大きくなった俺を見上げて微笑んでくれた。
誰もが俺の成長を喜んでくれて嬉しかった。

その頃からだろう。
強靭な肉体を作り上げ、国内を掌握し、周囲の大国の脅威となっていくことが楽しくて仕方なかった。
ねえさんを、彼女のもとを訪れることも減った。
そして、戦いの日々に身を費やしていくことになる。

「今までありがとうございました。
 またお会いできる日がくることを。」

必然として訪れた別離の日。
彼女は厳かに別れを告げると、なにも持たずに去って行ってしまった。
ふわりと風に揺れる髪をそのままに。
小さくなってしまった後ろ姿を、その影が消えるまでずっと見ていた。
彼女は一度も後ろを振り返ることをしなかった。
キッチンに残された彼女のマグカップ。
俺はそれを叩き壊した。

長く続いた戦乱と混乱の合間に、彼女が隣国のロディの保護下にいたことがあった。
直接会うことはなかったが、時折遠くからあの小さな後ろ姿を見かけることがあった。
正直に告白すれば、会いに行きたかった。会ってもう一度笑いかけて欲しかった。名前を呼んで欲しかった。
もしや会いに来てくれるのでは、と淡い期待もしたが、彼女が俺の元に訪れることはなかった。
あの日、壊すことで心の奥底にしまいこんだ思い出が幾夜も胸をきしませた。

しかし、当時の俺にはそんなことに構っている余裕はない。
着実に悪化する戦況の中、最悪の事態だけは避けられるように兄と協力しあって日々を凌いでいた。
ロディの上司の力が及ばず、彼女の家が飢餓寸前の時でさえ、俺達は自国を守ることに手一杯で、だた一度だけ伸ばされた小さな手を、掴むことはしなかった。
その判断が間違っていたとは今でも思わない。
しかし、あの偏屈で無口な男が彼女を救ったということを聞いた時、どうして彼女を救うのが自分ではないのか、と思った。彼女の手をとるのは俺ではないのか。
矛盾していることは百も承知だが、どうしても受け入れられなかった。

彼女が髪を切った。
そのことをロディから聞かされた。

「それから、彼女はあの男と一緒に住むようですよ。」

淡々と告げる表情からは何の感情も窺えなかった。
呆然とする俺を気にもかけず、さっさと自室へと戻ってしまった。
兄に声をかけられるまで、俺はずっとそこに立ち竦んでいた。

ショックだった。
彼女が、あの髪を切ってしまったことが。
彼女が、自分以外の誰かと一緒に暮すということが。

俺が好きだった、あのふわりと揺れる髪。
それを切るという行為が、俺と彼女との優しい触れ合いさえも切って捨てられたのだと思った。俺が胸の奥深くで大切にしていたものは、彼女には大切ではなかったのだ。
あの優しい時間は、俺のもとに二度と戻ってこない。
悲しい、悲しい、悲しい。

引き出しに隠してあるビロードに包まれた陶器の欠片。
俺の、記憶の鍵。

こんなものを後生大事に持っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
彼女の名を呼び、髪に触れ、俺の名を呼び彼女が微笑むあの時間をもう一度。
そのことをあの別離の日から、心の奥底でずっと願っていた。


「貴女が、好きだ。ずっとずっと好きだったんだ。」


だがもう遅い。
彼女は俺以外の人間と暮らすことを決めたのだ。
彼女は俺とは違う男の隣で幸せそうに微笑むのだ。
短く切った髪を風に揺らしながら。


記憶の鍵は、まだ捨てられずにいる。