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どうしても捨てられない

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何もこわくはなかった。あいつが余裕を失って俺に、俺だけに向かってきてくれるんならそれで本望だった。何もこわくない、なにもほしくない。それ以外なにもいらない。なのにどうしてそれはいつまでたっても手に入らないんだろう。なんであいつは俺を見てはくれないんだろう。


鍋しようぜ、鍋、なんて言ってあいつがスーパーのナイロン袋をぶらさげて俺の住むアパートを訪ねてきたのは今から30分ほど前だった。今、俺たちは、煮立ってきた鍋を二人きりで囲みながらただ時間を過ごしている。こいつといるときはいつもそうだ。なんだかよくわからないままただふたりで時を過ごす。そんな時間が心地よくもあり、苦しくもある。「あーそうだ」と銀時がふいに言葉をこぼした。なに、問い返すと、「あのホラ、前さ、おまえが連れてた子、金髪の、あの子どうなった」「ああ、総悟か」「どうなの」「どうもこうもねえよそもそも恋人でもなんでもねえし」「あ、そうなの」「それよりおまえの方こそどうなんだよ」「なにが」「こないだの、なんかすげー髪のキレイな、眼鏡の女」「あー」うん、まあ。とかなんとか言葉をにごして、あ、そろそろ沸騰してきてんね、ネギ?ネギ入れる?とか聞いてくる。俺もその話題のことは忘れたふりをして、それより肉食おうぜ、なんて言って箸をとる。


俺は男が好きだ。それは銀時も承知している。だけど俺が銀時を好きなことを銀時はしらない。はじめて会った、高校のときからずっと銀時だけを想ってるなんて、そんなこと銀時はしらない。だから俺が男が好きだってことがバレて、銀時も男もいける口だってことがわかって、なんとなく流れではじめて寝たときも、銀時は「これからも互いに便利なっつーか、都合の良い相手でいようね」なんて言った。だから俺は銀時に愛してるなんて言えなくて、言葉を飲み込みうつむいて、ああ、なんて喉の奥でうめいた。そのあと何度も夜を過ごして、俺土方のこと好きだよ、なんて銀時は言ったりしたけど、だから付き合おう、なんて言葉はついぞ銀時の口から出ては来なかった。ただたまに、それこそ気が向いたときに、ふらりとあらわれては俺と時間を過ごして、またどこかへふらりと消えてしまうだけだった。俺はでも、そのたまにが今日かもしれないと思ったら銀時をあきらめて他の男を探そうなんて気になれなくて、いつもふんぎりがつけられないまま、気づけばだらだら5年半。高校のころから含めたら11年だ。11年。自分でもバカじゃないかと思う。思うけれど、どうやったって銀時のことが忘れられない。たまにでもいい、会いたいと思ってしまう。なんで銀時なんだろう、そう考えるときがないわけじゃない。べつに美形じゃない、とくべつやさしくもない、金なんかどこを振っても出て来ない。ぜったいそのへん歩いて適当にナンパしてみた男のほうが銀時よりよっぽどイイ男だ。そんなことわかってる。でも銀時じゃないとダメだ。誰でも替えがきかない、銀時がいい、銀時じゃなきゃ。


言ってみたらいいのだ、とは思う。銀時が俺のところをたずねてくるときは、大体フリーのときだ。だから世間話の途中にでもまぎらせて、なんでもない話のふりをして、そういえばさあ、みたいなノリで、「俺と付き合わねえ?」と言ってみたらいいのだ。そしたら銀時は頬を赤く染めて上目遣いで俺を見て、「俺なんかでいいの?」と言う。かもしれない。だが俺にはわかりきってる。絶対に銀時は俺を受け入れない。「ええ?なに、土方酔ってんの?」とか酒のせいにしたりして、うまく避けてごまかして、俺の全勇気をふりしぼった告白なんかなかったことにしちまうんだ。だって銀時は俺とそんなふうになりたいなんてこれっぽっちも思ってない。俺はそれ以外他になんにもいらないのに、本当に望んでるのはそれだけなのに、それはけっして手に入らない。現実って残酷だ、と心の中でつぶやいてみる。俺は11年間ただ銀時だけを想っているのに、銀時は俺のことなんてなんとも思ってない。俺の完全なひとり相撲だ。なんで銀時は俺だけを見てくれないんだろう。どうして銀時は、俺のことを見ようとしてくれないんだろう。



ひとり鍋を突っついていた銀時が、肉煮えたよ、土方、…なに、泣いてんの?なんてやさしい声で言うもんだから、本当に涙がこぼれそうになって弱った。