君に、20文字を。【中】
言葉なんてちっぽけで。
戯言も虚言も妄言も、捉え方一つでその世界は廻る。
真実を虚実に、虚実を真実に。
人など所詮はそんなものだ、と何度彼は嘆いただろう。
この世に突き通された真実など存在するのだろうか。
過去に彼も、幼いながらに交わした約束を結局虚実にしてしまった。
だから彼は自らが掴み取った真実でさえも恐れていた。
これこそも何かの幻想で、自分は結局何の真実にも辿り着いてなどいないのではないかと疑いさえする。
真実を自らの真髄とする探偵ですら、前回のゲームで儚く散ったのだ。
嗚呼、真実とは何と脆いものか。
彼は-----------右代宮戦人は、膝の上で眠る小さな妹の頭を撫でながら、そんな感情の中で頬を少し緩ませた。
せめて縁寿だけには幸せであってほしい、そんな願いですら叶わないことを戦人は知っている。
全ては自分が蒔いた種。
幼い頃から続く自分の罪は、永遠に続き、残された妹にすら降りかかる。
その上、愛しい者まで今はいない。
今の自分は一体、何なのか。
未だ辿り着けない答えは、ひたすらに彼を苦しめた。
「ほんと、だらしないわね」
突然、礼拝堂に響いた声。
戦人は驚くでもなく、声のする方に目を遣る。
淡い桃色のドレスを身に纏い、金色の髪をした少女。
しかし見た目はただの少女だが、彼女は千年を生きた魔女。
そんな小さな魔女はどこか苛ついた様子で戦人と対面した。
しかし、何故だろうか。
彼女のその顔に、焦りが見える様な気がするのは。
「あんたは私が認めた黄金の魔術師なのよ、そして真実に至った、私が保証する」
「珍しいな、あんたが俺を励ますなんて……ラムダデルタ」
絶対の魔女ラムダデルタ、彼女に言われてしまっては戦人も認めざるを得ないだろう。
彼女の発言は赤で語らずとも、それが真実であるような気がしてしまう。
魔女だと、言うのに。
「で、何を一体焦っているんだ」
ベルンカステルに喧嘩でも売ったのか、と冗談混じりに言った戦人に対し黙り込むラムダデルタ。
「……本当に、か?」
「別に喧嘩売ったわけじゃないわ、ただあの子にとっては面白くないことをしているだけ」
自棄に真剣な眼差しでラムダデルタは戦人を見つめる。
何時もなら、"ベルンの悔しそうに歪む顔が見たくって"ぐらい饒舌な語り口で満面の笑みを浮かべながら言うだろうに。
「私はね、別に誰の見方でもなければ敵でもないわ」
「知っている…お前はいつだって気まぐれだ、唯一つの条件を除いては」
「絶対の意志が、私を動かす…私は誰かの絶対の意志に応えるだけ」
その瞳は、いつだって強い。
彼女が人間だった頃のことは戦人は知らないが、恐らく相当過酷な運命を生きていたんだろう。
そうでなければ、絶対の魔女になどなれるわけがない。
「それで、一体何を?」
「一度ベルンがボロボロに壊した玩具を、治して逃がしてるだけよ」
「逃がした…?」
「絶対に逃げのびる、とあの2人は望み誓いあった…だからよ」
戦人には何の話をしているのかは解らないが、ラムダデルタの瞳が厭に真剣で、でも何処か哀しそうな色を映していて。
だから彼女の言葉は赤でなくとも信じてしまうのだろう、と理解する。
「あんたの妹は駄目だった、この子はベルンと自ら契約した…私が干渉することなんて不可能だったわ」
「そうか…」
未だ夢の中にいる縁寿の頬を撫で、戦人は膝の上の縁寿を椅子に下ろした。
縁寿にも絶対の意思があることは戦人もラムダデルタもわかっている。
"絶対に家族を取り戻す"
「あんたと違ってしっかりした子よ、ほんと」
「言ってくれるな」
「まぁ、泣き叫ぶ声はよく似ていたわ…」
ラムダデルタは縁寿の頭をそっと撫でる。
すると、小さな少女の姿は光に包まれ、まるで花弁が散るかの様に、消えた。
「幻は、幻に…と言うことか?」
戦人は悲しそうな面持ちで、言葉を投げ掛けた。
投げ掛けた、と言うが彼からしてみればただの独り言。
その言葉が拾われるなど、彼は一切思っていない。
「幻かどうか、決めるのはアンタよ」
しかし、その言葉は偉大な魔女により行き場を得て辿り着いた。
戦人はただそのラムダデルタの言葉に、軽く微笑んだ。
途端。
豪風と大きな光の空洞が、礼拝堂を覆い包み込む。
「来たわね…」
魔法に守られたラムダデルタは笑い、戦人は状況が理解できぬまま佇む。
ふわり、光の中から二つの人影。
そこには、まるで。
かつて右代宮戦人が黄金の魔女と戦った時の様な。
赤き真実。
青き真実。
その色を纏い、だが互いに守り合う様に。
二人の、青年が、地に足を着けた。
作品名:君に、20文字を。【中】 作家名:よや以