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溺れるように愛を知る

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頬を撫でる風に、ふと意識が浮上した。
目に飛び込んで来たのは古い天井。自室の真ん中で大の字になって眠っていた善透は、目を覚まして初めて自分が寝入っていたという事実を知った。

「・・・俺、いつの間に寝て・・・」

陽射しの具合からして、そう長く寝ていたわけでもないらしい。
寝転がったまま時計に目をやると、3時を少し回った頃だった。
寝起きのだるい体を起こすと、白いタオルケットがずり落ちて腹から腰の辺りにわだかまる。
善透のものではない、真っ白でいかにも真新しいそれは、触るとふわふわと柔らかで、タオルケットながらに質の良さを感じさせた。
少なくとも善透が普段使用している三枚でにーきゅっぱとは格が違うことは確かである。

「サビ丸か・・・」

タオルをかけてくれたであろう人間の名を口にする。それをきっかけに、眠りに落ちる直前まで見ていた光景が蘇った。



「善透さま、シャツのボタンが取れておりますぞ」

洗濯物を畳んでいたサビ丸が、傍らでノートパソコンの液晶と睨み合っていた善透に声をかけたのは昼下がり、二時過ぎのことだった。
安定しない株価や為替相場に苛立っていた善透がうろんな視線を向けると、ほら、と善透のシャツを突き出してくる。学校指定のまだ真新しいシャツは、確かに右袖のカフスボタンが取れてなくなっていた。

「ゲッ、いつの間に」

最近とんでもないことに巻き込まれがちだったから、気がつく間もなかった。
善透が眉を寄せて露骨に嫌な顔をすると、反対にサビ丸はにっこりと馴染みの笑顔を作る。

「大丈夫です善透さま、サビが今すぐ新しいボタンをつけますゆえ!」

サビ丸はさっさと洗濯物を片付けると裁縫箱を取り出し、己のシャツの第一ボタンを外した。
針に糸を通し、器用な手つきでボタンを縫い止めていく。
その様子を見るともなく眺めながら、善透は亡くなった母を思い出していた。
優しく温かで家庭的だった母の面影が、目の前で針仕事をする少年に重なった。

(――って何を考えているんだ俺はっ)

こいつは男だし子供だし迷惑意外の何物でもない人間だし!
春の陽射しの中、幻想のように現れた母の面影を振り切ろうと善透は頭を抱えた。
ノートパソコンに突っ伏してサビ丸を視界から閉め出す。

「よーしっ、これで袖は・・・あ、なんと、袖付けも綻んでおりますぞー善透さま」

ついでにここも繕っておきますね、と善透の背中にサビ丸の声がかけられた。
それに答えは返さずに、ますます腕に顔を埋める。
糸切り鋏のしゃきんという硬い音を耳にしたのを最後に、善透の意識はそのまま眠りに落ちたらしい。



(ここのところ課題だのトレードだので夜遅かったからな・・・)

ちゃぶ台でノートパソコンの上に突っ伏したはずの善透だったが、目を覚ましたときにはちゃぶ台は片付けられ部屋の真ん中で大の字を書いていた。
眠っている間に体勢を変えられても起きなかったなんて、以前の自分では考えられない。
善透は苛立ち紛れにがしがしと頭を掻く。振り切ったはずの幻想は、部屋のあちこちに気配を残していた。
きちんと畳まれて片付けられた洗濯物、ベランダに干してあるふとん、腹の上のタオルケット。
狭いキッチンの隅にある冷蔵庫の扉にマグネットで留められたメモには『夕食の買い物に行って参ります。日が落ちる前にふとんを取り込んでおいていただけますか』とあった。

(あー・・・駄目だ)

立てた膝に額を押し付けると、せっけんの清潔な香りがほのかに鼻をくすぐる。
額に触れる布きれの、その温かさと柔らかさと香りと。
善透を包む全てが、母へ、そしてサビ丸へと繋がっていく。
いきなり自分の前に非日常を連れて現れたくせに、今や我が物顔で善透の日常に居座っている――サビ丸の声が、姿が、気配が、部屋の到るところに残っていた。

(・・・参った)

一人で生きていくのだと意地になっていた善透に、差し延べられる腕も与えられる気遣いも、向けられる満面の笑みも、全てが異質だった。
凍えた人間に人肌がたまらなく熱いように、善透にとってサビ丸は触れることも触れられることも出来ないほど、“熱い”存在だったはずだ。交わらないはずの、知ることはないはずの、温もりだった。
はずなのに。
気がつけばその温もりは常に側にあって、善透の体はすっかりそれに慣れ切ってしまった。
痛いほど熱かったそれは、今はぬるま湯のように緩やかに善透を包み込んでいる。

(・・・すっかりあいつに慣らされてる気がする・・・)

ひざ頭に額を押し当てたまま、善透は唸る。
非常に癪だった。気に入らない。しかしサビ丸を今更追い出そうとは思えなかった。

(――ああくそ、)

何が癪って。
あいつの居る暮らしにいつの間にか馴染んで、さらにそれを失いたくないと思い始めている自分自身だ。


善透さま!


固く閉じた瞼の裏に蘇った無邪気な笑顔に、善透は長いため息を吐く。






溢れかえる感情の中で、逃げ出せない温もりの中で、溺れるように彼はそれを知った。
作品名:溺れるように愛を知る 作家名:滝川