ぐるぐる
「・・・・・・どうした、竜ヶ峰」
「い、いえ・・・・・・」
白いジャケットに黒いインナー、そして普通のデニムのジーパン。ありふれた格好ではある、でも、それを着ているのが静雄さんってだけで、すごく、すごーく違和感だった。
そして、
(か、かっこいい)
直視できないくらいには、静雄さんの私服姿はかっこよかった。
見慣れていないってのもあるけれど、静雄さんは元から美形だしスタイルだってモデル顔負けだし、その人が何てことないありふれた恰好をするだけで、なんというか、とても様になる。ぶっちゃけ似合う。かっこいい。
「し、静雄さんの私服、初めて見ました」
「そうだったか?まあ、いつもバーテン服だしな・・・せっかく出かけるんだ、たまにはいいだろ」
「そ、そうですね」
サングラス越しではない静雄さんの瞳がこちらに向けられて、僕は勢いよく顔を反らした。ちょ、直視なんてできるわけないっ!
「ほら、ぼさっとすんな。乗るぞ」
「あ、はいっ」
ホームにいつの間にかやってきていた電車に、腕を引っ張られながらも乗り込んだ。休日だと言うのにかなり混んでいて、いや休日だからなのかもしれないけれど、とにかく満員すぎて苦しい。
「竜ヶ峰、こっち」
人の中を器用に移動する静雄さんに引っ張られながら、ドアの方へと促される。ドアに背を預けると静雄さんがひとから庇うようにして目の前に立ってくれて、近すぎる距離に口の中だけで小さく悲鳴を上げた。
「・・・人、おおいな」
「そっ、そうですね・・・」
だめだ。顔上げらんない。
目の前に静雄さんがいる。静雄さんと僕、密着している。静雄さんの声が、息が、すぐそばで感じる。
(はずかし・・・・・・)
心臓の音が大きすぎて、静雄さんにも聞こえてしまうんじゃないかと思った、その時。
「っ!?」
「うぉっ・・・・・・結構揺れたな、今」
「は、い・・・」
突然傾いた電車。乗客の何人かがバランスを崩してよろめいているのを視界の隅で捉えたけれど、僕はそれどころじゃなかった。
揺れた拍子に静雄さんの体も傾いて、両腕を僕のすぐ脇のドアに置いたからだ。体を支えるためだろう、他に意図はないはず。でも、そうなると、僕の体は静雄さんに囲われてるって事になって、静雄さんがさらに近づいたって事で。
「竜ヶ峰、大丈夫か」
「は、はい!?ぼ、ぼくは大丈夫ですよ!」
「そうか?の割には顔が赤いような・・・」
「き、きのせいですっ」
駄目だ駄目だ駄目だ、声が近い息が近い、顔上げられない。心臓が、うるさい。
(ぼくの体・・・もたないかも)
あとどれくらいこの電車に乗っていなくちゃいけないんだろ。目的地の水族館があるのはどこだっけ。
「あ」
唐突に、静雄さんがぽつりと漏らした。
「乗り過ごした」
「え・・・・・・ええっ!」
「わるい、降りる駅一つ前だったわ」
なんという死刑宣告だろう。
「じゃ、じゃあ次で下りて反対の電車に乗りましょうっ」
「んー・・・・・・めんどいからいいや」
「ええぇぇっ!?」
「山手線だし、このままぐるっと一周してこようぜ」
一回でいいから一周、してみたかったんだよな、なんて子供みたいに笑う静雄さんに、僕は涙目になりながら心の中で叫んだ。
(この鬼!でもやっぱりかっこいい!)