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ラストゲーム 5

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最期の日の夕焼けは、焔の様に美しい紅色で。
臨也は自分の眸のようなそれを、ゆっくりと目に焼き付けた。

その紅を背に、臨也は古びた小屋に足を踏み入れた。
手入れされていないそこはかび臭く、細かい埃が積もっている。
小屋の中央の太い柱に、静雄が縛り付けられていた。手段は選ばないと命令してあったとはいえ、体中傷だらけで、出血している箇所も少なくない。結局臨也が最後の手段にと渡しておいた薬を静脈注射する羽目にまでなったと報告を受けていた。
荒縄では引きちぎられる可能性があったため、太いケプラーロープで後手にした腕と柱を何重にも結んだ。

そっと手を伸ばして、金髪を梳く。唇の端に滲んだ血を舐め、制服をはだけさせながら殴られた箇所をゆっくりとなぞった。

愛情なんていらない。

ただ、忘れられたくない。
色褪せたくない。
この先どんなことがあっても、最も鮮やかに残る記憶は臨也のことであるように、臨也は死を告げられてからずっとその方法を模索し、実行し、そして今日が最後の仕上げだった。

触れた肌は傷のせいもあるのだろうが熱い。
臨也は上下する静雄の胸に耳を当てた。トクン、トクンと規則正しく鼓動を刻む心臓。
臨也がもうすぐ失うもので、静雄の生きている証。
ちょうど心臓の位置に紅色の痕を残した。静雄の治癒力ならばおそらく翌日には消えているであろうもの。
この痕と同じように、時が過ぎれば忘れられるものになるのは、臨也にはどうしても耐えられなかった。
他の誰が忘れようとも構わない。
ただこの目の前にいる男さえ、臨也を忘れなければいい。
臨也の生きた証は、静雄がいいのだと、どうしようもなく強く思った。

「…っテェ…」

「おはよ、シズちゃん。って言ってももう夕方だけどね」

状況を把握しようとするように周囲をぐるりと見渡した静雄は、臨也を睨み付けた。

「何しやがった、解けよこの縄!前からいかれた奴だとは思ってたけど、最近のテメェは何かおかしいんだよ。何企んでやがる」

静雄がロープを解こうと力を込めたとき、臨也が静雄を縛り付けている柱を指差した。

「あぁ...?!」

「見て分からないかな。この小屋、あちこちガタがきててね。シズちゃんを縛り付けてる柱でかろうじてもってる状態なんだ。そのロープも特別製だから簡単には解けないし、もし解けたとしても骨の1本や2本おれてもおかしくない…でもね、もしシズちゃんがそのロープを解いたら確実に柱は折れて、小屋は簡単に潰れる。シズちゃんは化物だから大丈夫だろうけど、子供だったらどうだろう?」

「ガキ?」

「そう、シズちゃんの位置からは見えないけど、この小屋物置部屋みたいな狭いスペースがあってね。何の罪もない子供を数人攫って、眠らせてあるんだ。何歳くらいだろう…小学校の低学年くらいかな?ほら。これ」

臨也が静雄に向かって放り投げたのは、まだ傷の少ない赤いランドセルだった。

「俺の言うことを聞いて子供を無事に助けるか、それとも俺を拒んで幼い子供と俺をこの小屋ごと殺すか、シズちゃんに選ばせてあげる。そういえばさ、シズちゃんって弟いるんだよね?平和島幽君、凄く顔立ちの整った子だよね、あの子はシズちゃんと違って怪力なんて持ってないんでしょう?」

くすくすと思わせぶりに笑う臨也に、静雄は臨也に飛びかかろうと腕に力を込めたが、柱がミシリと嫌な音を立てた瞬間悔しそうにその場に膝を付いた。

「このゲスやろうがあっ!!! 幽もここに攫ってきやがったのか!?」

「さぁ、ね。でもこれに見覚えない?」

臨也が手元でカチャカチャといじっているのは、昔静雄が幽の誕生日に贈ったキーホルダーだった。
静雄はその視線だけで人を殺せるのではないかと思わせるほど殺気を含んだ眸で臨也を睨みつけた。

「幽に何かしやがったらテメェぶっ殺すからな!!」

臨也は弄んでいたキーホルダーを静雄の胸ポケットに入れた。

「それは、シズちゃん次第って言ったでしょ?俺の言うことを良い子で聞いたら、子供たちは皆無事に返してあげる。ねぇ、どうする?」

静雄には、臨也は悪魔のように見えただろう。
何をされるのかすら知らされないまま是と答えなければ、無関係の人間が傷つくという状況に追いやった臨也は。
怪力ゆえに、化物と忌避されてきたからこそ無関係なものを傷つけることを静雄が極度に嫌うことを、臨也は良く知っていた。それにもかかわらずコントロールしきれない力だから弱さだと言ったのだから。

「……好きに、しろ。ただし、ガキに傷一つでも付けたら殺す」

「了解。約束は、守ってあげるよ。何ならここで誓約書でも書いてあげようか?」

「ふざっけんな!さっさと殴るなりすりゃいいだろうが」

「シズちゃん、俺は殴ったりするなんて言ってないよ?ただ、言うことを良い子で聞いたらって言っただけ。苦しみや屈辱をを与えるのが、苦痛だけじゃないって教えてあげる。いい?俺の言うことに逆らったら…これを使う事だってできるんだからね?」

臨也は静雄にスイッチを見せた。コードは柱の上部に伸びており、小さな機械に繋がっている。
小さな電子音がするそれは、テレビや映画などに出てくる爆破装置そのものだった。

「ネットで作り方もわかるし材料も買えるなんて便利な世の中だと思わない?ちゃんとこの装置2つ作って1つは威力の実験に使ったから。この柱くらいの太さの木、ちゃんと破壊できたよ。これが偽者だと思うなら殴りかかってきてもいいけど、後悔することになると思うなぁ」

「下衆野郎が…ここまで手の込んだことして何が目的なんだよ」

「シズちゃんに酷いことすること、かな。一生、忘れられない日にしてあげる」

いっそ無邪気にすら聞える明るい声で、臨也は答えた。
そして、心の中で、俺の最期の日だしね――と付け足した。
臨也が一瞬浮かべた昏い表情に、怒りに支配された静雄は気づかなかった。
作品名:ラストゲーム 5 作家名:氷迫律