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いつの日か

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この男と対峙するのは何度目か。
 いちいち数など数えていないが、そろそろ両手足の指では足らなくなっているのではないか。そのたびにプライドを傷付けられてきた。
 ――今も。
 この男だけが眼前に立ちはだかるのだ。
 あの時から、夢の中でさえも。
 ぎり、と噛み締めた奥歯が軋む。
「いい加減、決着をつけさせろ」
「…………」
 シキを見返す双眸は、青とも紫ともつかない不思議な色合いだ。
 自分の瞳とは真逆の色。この男に憎悪に似た感情を抱くのはそのせいではないが、人形の眼のようにどんな感情も見せず、何も映していないのではないかと思わせる眼は怖気が走るほど嫌悪している。
 いいだろう、と金にも似た薄茶の髪の男はシキを無表情のまま見下ろして呟く。声音からはどんな感情も窺い知ることはできない。
 声音だけではない。唇から齎される言葉も、酷薄なほど無感動だ。
「そんなに傷付きたいのか」
 起爆剤になるには充分すぎる言葉。
 次の瞬間には地に膝を着いた姿勢から男の懐へ飛び込み、抜き身の太刀を払う。相手が普通の人間なら胴が真っ二つになっていた。たとえラインで身体能力が常人より飛躍的に高められた者であっても、シキの本気の太刀を避けるのは容易ではない。
 だが――男はその点、常人のものさしでは計りきれない。
 まるでそよぐ風のように、シキの鋭い一撃をするりと避けてしまうのだ。
 視界が朱に染まりそうなほど、血が滾る。
「……その口をきけなくしてやる」
「無理だな」
 感情のない男の声は平坦で、だが別の者が聞けば音楽的だと思えたかもしれない。シキにしてみれば神経をささくれ立たせる不快な音波でしかないのだが。
 間合いのぎりぎり外で太刀を構え、烈火の眼差しで男を睨みつける。
 男の名など知らない。
 シキも名乗ったことはない。
 戦場で出遭ってから、追い続けてきた。
 ふらりと現れてはすぐに消える男。機械でできた戦闘兵器のように、シキを前にしても微塵もたじろがない。トシマの住人、イグラの参加者は皆、シキを前にすれば日頃の威勢はどこへやら、泣いて命乞いをする始末であるというのに、この男はまるでシキなど眼中にないようだ。
 ――許せない。
 後にも先にも、自分にあんな感情を抱かせた人間はただひとり。
 だから殺す。
 殺さなければならない。
「…………ッ!」
 だが渾身の一撃はまたしても躱される。それどころかわずかな隙を狙って男の膝がシキの腹へめり込んだ。息が詰まり、咄嗟に飛び退った。
「……、……くそ……ッ」
 目を離したのはほんの一瞬。瞬き二回の間か。そのわずかな間に、男は姿を消していた。
 まるで夢のようだが、夢だとすれば悪夢に違いない。
「…………」
 男がいたのは夢ではないという証のように、シキの前には革のトランクが残されていた。あの男が現れた後には必ず残されているそれは、シキの願望の一部を満たすとともに憎悪の対象でもある。
 中を開けて確認するまでもなく中身は知れている。なのに開けてしまうのは習い性のようなものだ。
 ぎっしりと詰められていたアンプルを確認すると、蓋を閉めてトランクを手に足早にそこを立ち去る。向かう先はひとつしかない。
 次こそは、と、以前と同じ決意を胸に、誰もいない路地に靴音を響かせた。
作品名:いつの日か 作家名:おがた