そういうふうに出来ている
懐かしい匂い、変わらない自分を呼ぶ声、その何もかもが自分を安堵させる。それは残念ながら自分の家よりもだ。過ごした時間が長いとは言え、考えてみればちぐはぐなことなのだろうが、それもまた誰に知れるわけでもないのだから別に良いのだ。いや、正確には、自分が知っているのだから、だろうか。
アントーニョも、自分が育てた言わば弟が家へ帰ってくるということは何よりの楽しみであり、同様に自分が安堵させられる唯一のものだった。戦いも外交も嫌いではなかったが、安心などとは程遠いものであることをアントーニョは理解していた。彼はどこまでも平和主義者だった。
とかくも、だから二人は、互いに都合のつく時間を大切に出来た。他の何がどうでもいい、とまではいかなくとも、互いに尊重し合えたし、そこには年の功とでも言うのか、並々ならぬ何かがある。端からは推し量ることの出来ない何か。それも、彼らはお互い理解しているのだから、別に良いのだろう。
二人は、茶を飲んでいた。紅茶ではなく緑茶だ。先日ホンダキクの家を訪ねたときにもらったとアントーニョが言うと、ロヴィーノはへえ、とさほど興味もなさそうに返事をした。しかし、あの時一緒にと受け取った茶菓子には興味はあるようで、食べる手前、香りや色を確かめていた。見た目だけでは食べられる物であるのかどうかも怪しいくらい鮮やかな細工だったが(米国のそれとはまた少し違うが)、いざ腹を括ったのか、一息に口へ運んだ。そして咀嚼すると、甘い、と呟いた。
「なんか、変な味だな」
「せやけど美味いやろ。茶の苦みと一緒に楽しむ物なんやて、粋やんなあ」
菊と話したことの色々を思い出したのか、どこか嬉しそうにアントーニョは言う。ロヴィーノはそれを黙って聞いていた。
目の前の、もう何年一緒にいるのかわからない人物が、こうして他の誰かとの話をしても、最近はもう昔みたいに嫌ではなくなった。自分も成長したのだろうか。それはさほど悪い気分でもないと思った。対等に向き合う資格が欲しいとあれほど嘆いた自分がついこの間までいたというのに、時が流れて初めてわかることがあるというのは、真理だと思った。
だからロヴィーノは、自分の成長を素直に喜べた。見上げるだけではない、目線を合わせて話すことが出来るというのは、凄いことだ。
「キクってどんな奴なんだ?」
ロヴィーノはアントーニョに尋ねた。
「んー、なんちゅーか、年齢不詳やったなあ…あ、いや、変な意味とちゃうで。ちゃうけど」
「ははは、なんだよそれ」
焦って弁解するアントーニョの表情をロヴィーノは笑った。
すると、その顔を見たアントーニョは少し驚いたあと
「ほんま、大きなったなあ」
と微笑んだ。
「なんだよ、いきなり」
「立派になって、親分も嬉しいわ。何年経つんやろな」
「……さあな、数えたことねえよ」
何が、と言うことはない。
「未来が」
「あ?」
「未来がどうなるか、最近少しずつ考えられるようになってん」
「へえ」
「結局、どうなってもなるようになるって結論にたどり着くんやけどな」
「まあ、そんなもんだろ。考えたって仕方ない。『地球は人間の意思で回っていない』んだからな」
「…………」
「な、なんだよ」
満面の笑みでアントーニョが言う。
「覚えといてくれたんやなあって。その言葉」
忘れることなどあるものか、やっぱりロヴィーノは思った。
本当はずっと感謝している。教わったことが一体どれほどあるだろうかというのに、既存の感謝の言葉で足らないのだ、この気持ちをどうして伝えよう。その方法がまだ見付からないのだから、この先、自分はまたきっと生きていけるのだろう。
そうであるといい。長くない静かなこの一時も、この瞬間だけは何者も邪魔することのないよう、ロヴィーノは人知れず祈った。
作品名:そういうふうに出来ている 作家名:若井