―カルマ―
「なんだい、十代」
「…この状態、物凄く寝づらいんだけど」
半ば眠りかけた状態ながらぼやいた十代には応えず、ユベルはさらり、と十代の髪を撫でた。
レッド寮の202号室、かつて賑やかだったこの部屋も今は十代以外生活していない。彼の精霊・ユベルと気ままに訪ねてくるネコのファラオとその腹に棲む元レッド寮寮長を除いては。
そんな静まり返った部屋で十代は一人で3段ベッドを占領していたのだがその横でユベルがいつも自分に視線を注いでいる。異世界から帰って来てずっとこの状態が続いているので流石に慣れてきてはいるものの何となくこそばゆい。
「そんなにずっと見てなくても、俺は居なくなったりしないんだからさ…」
気だるげに呟かれた十代の言葉にユベルの髪を梳く手が止まった。
「……わかってるよ、でも」
永い永い時を経てやっと愛しい人の傍に帰って来れたことを実感すればするほど、溢れる想いがとまらない。
もっと傍に居たい。
もっと声を聴きたい。
もっと色んな表情が見たい。
…………もう絶対、離れたくない。
自分の傍に居るその存在を確かめるように触れながら、ユベルは口を開いた。
「もう少しだけ、こうしていたいんだ」
毎夜交わされる同じやりとり。十代はユベルを見つめ返すと困ったように微笑んで髪に触れるユベルの手を握った。
「まったく、放って置けないのはどっちだよ」
いつもは俺のことを散々弱虫だとか減らず口を叩くくせに。そう言って笑う十代にユベルは「うるさいな」と小さく反論した。
「…もう、独りにはしないから」
ふいに投げかけられた言葉にユベルははっと十代を見据える。
「もう誰にも辛い思いはさせたくないから。ユベル、お前も…みんなも…俺が守るから…」
「十代…?」
問いかけても返ってくるのは静かな寝息だけだった。
穏やかに瞳を閉じて眠る彼の表情は幼い頃と変わらない無防備なあどけなさと寂しさを湛えていた。
「…キミは本当に馬鹿だ。一人ぼっちなのはキミの方じゃないか」
そう。だからボクはずっとキミを見守ろうと誓った。そして、今もボクは変わらずキミの傍に居る。
…キミを孤独に追いやったボクは、今もキミの傍に居ることを赦されている。
それはユベルが十代に受け入れられたが故に決して咎められることの無い、そして赦されることの無い罪。
「十代…愛してるよ。今度こそ、キミを守ってみせるから。キミの傍に居られるならボクはどんなことをしてもキミを守り続けるから」
繋がれたままの手をそっと握り返し、額を合わせて誓う。
だから、今はキミが居ることを実感させて。
それは償いではなく、ユベル自身の覚悟。
ユベルの祈りにも似た呟きは誰に聞かれることも無く夜の静寂に溶けていったのだった。
【終】