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真実の落下速度

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僕には、墓の下まで持っていかなければならない秘密が、意外とたくさんある。
 そのうちの一つは、もちろん彼女の首のことだ。これは既に彼女にばれてしまったのだけれど、その他にも、自分でも忘れてしまいそうなぐらい多くの、大小の秘密を抱えている。
 僕はそれらを、彼女に伝えるつもりは無かった。僕は彼女に合わせて、三桁の大台まで生き長らえてやろうと目論んでいるけれど、その一世紀の間、必ず隠し通すと心に決めていた。



 あれはいつのことだったろう。あの頃、僕はまだ学生だった。確か中学生だったと思う。
 僕は、学校から帰宅してすぐに、リビングでテレビを見ている彼女の姿を見つけた。真昼間だというのに室内は薄暗く、テレビの照明だけが彼女を照らしていた。どうして電気を点けないのだろう。僕は疑問に思ったが、テーブルの上に新しい蛍光灯が用意されているのを見つけて、すぐに納得した。
 普段ならカーテンが開けられただろう。しかし、ちょうどその頃、マンションは外壁の塗り替えで業者が入っていた。作業用に足場が組まれているので、数日前からカーテンは閉めっぱなしだ。マンションの全室が同じ状況なのは分かっていたが、僕は妙な疎外感を感じていた。分厚いカーテンが、閉塞感を煽る。
 リビングの入り口に佇んでいた僕に、セルティが気付いて振り返った。
『おかえり』
 その一文だけを示し、彼女は再びテレビに向き直った。僕は彼女の背にただいまと答えたけれど、テレビの音声に掻き消された。
 僕はしばらく、ぼんやりと彼女の背を見つめていた。彼女が振り向くことは無かった。

 持ったままだった鞄を自室に放り込み、僕が再びリビングに戻ると、彼女はやはり、同じ姿勢のままテレビを見ていた。僕はごく自然を装って、彼女の隣に腰掛けた。彼女は僕のために、少しスペースを開けてくれた。会話は無かった。
 当時の彼女は、今よりよほど素っ気無くて、あまり構ってくれないことを、僕は不満に思っていた。一緒にゲームでも出来れば良かったけれど、彼女は今、熱心に画面を見つめている。僕に出来ることは、退屈なテレビを大人しく見ていることだけだった。その頃既に、僕は彼女のことが好きだと自覚していた。今にして思えば、執着心と区別が付ていたかは甚だ怪しいけれど。
 そんな過渡期を過ごしていた僕は、彼女が家にいる間、ひたすら彼女の姿を追っていた。それを煩わしがられていることは薄々感じていたが、僕は止められなかった。きっと彼女は、家に置いてもらっている恩だとか、そういうつまらないことを考えていたのだろう。邪険に扱われるわけでもないので、僕は増長していた。

 こうして彼女の隣を得た僕だったが、何故か視界の端がチラついて、目を眇めた。眼鏡を外してみたが、レンズが汚れているわけでもない。しかし、再び眼鏡をかけようとすると、何かがレンズに反射した。
 僕は部屋を見回した。どうやら、カーテンレールとカーテンの合わせ目の間に、ほんの僅かな隙間が開いているらしい。そこから光が差し込んで、ちょうど僕の目の辺りに当たるのだ。
『どうした』
 落ち着かない僕に、セルティが尋ねた。僕は笑って、何でもないよと答えた。彼女に気にかけられただけで、僕は嬉しかった。僕は視界の端の光などどうでも良くなって、心地よい幸福感に浸っていた。

 しばらく、僕達はじっとテレビを見ていた。実際には、僕の意識はほとんど隣の彼女に向いていたのだけれど、彼女は気付いていなかった。いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。テレビの音声を聞き流しながら、僕はぼんやりと思索に耽っていた。
 ふと、僕は視界を煩わしていた光が消えたことに気が付いた。不思議に思って顔を上げると、カーテンの隙間が消えていた。
『どうした』
 あらぬ方を向いて固まった僕の肩を叩き、セルティが尋ねた。僕ははっとして、何でもないよと答えようとした。しかし、それは出来なかった。
 外から、衝突音がした。地上が奏でたらしきそれは、明らかに異常を伝える音だった。
 僕の視界に、煩わしい光が戻ってきていた。

 テレビの音声が耳を素通りする。僕は重たいカーテンを掻き分け、窓を開けて地面を見下ろした。下の階の人々も、同じように窓から顔を出していた。滑稽だった。その滑稽さを覆い隠すように、作業用の足場が外界を遮断していた。
 そして、その下の光景を視界に収めると、僕はすぐに窓を閉めた。
 カーテンを翻して室内に戻ると、セルティはソファの裏に隠れていた。僕は、今度こそきちんとカーテンを閉めた。
『どうした』
 彼女が僕に尋ねた。
 僕は笑って、何でもないよと答えた。






 ――――――カーテンがきちんと閉まっていないのを知っていたのは僕だから、これは僕の過失だ。だから君は、何も気にしなくていいんだよ。

 僕の日記を勝手に読んでしまった彼女に、僕はそう言った。ぽろぽろ零れ落ちていく何かを、僕は呆然と見つめていた。
作品名:真実の落下速度 作家名:窓子