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紺碧の空 番外編【完結】

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紺碧の空 1




 永遠に続いているような地平線の彼方で、空と海の紺碧が一つに交わる。その景色を地上から眺めるのがアルフレッドは好きだった。
 世界で尤も雄大なラインまで、このまま何処までも何処までも飛んで行けるような気がするけれど、実際には追いかけても追いかけても月との距離が変わらないように、いつまで経っても地平線へと辿り着く事は無い。そもそも其処まで行くのに、この初等訓練用の年季の入った練習機が持つとは思えなかった。燃料だって途中で尽きてしまうだろうし。
 だから心だけを遠い海と空の果てまで馳せて、身体の方はもうそろそろ地上に戻らなければいけない。とても残念だったけれど、それが規則に厳しい軍隊の中で生活する上での絶対条件だった。
 ソフトな動作で丁寧に、子猫に触れるような気持ちで機体を滑走路へと着地させる。エンジンの回転数が上がる音に自然と気持ちは昂ぶるけれど、再び急上昇したい心を抑えて下降していく。
 普段はどちらかと言うとガサツな性分を持つ自分の飛行技術が高く評されているのは、一重に機体に対する愛情があるからだと思った。アーサーの言葉を借りるならば、女性をリードするように滑らかに、且つ素早く的確に動く。パイトッロ候補生の自分に宛がわれた機体は、幾たびの戦線を潜り抜けてきた英雄の証でもあるのだ。最大級の経緯を払って操縦しなければいけない。
 様々なタイプの重機の操縦を覚えなければいけない自分達には、特定の専用機は与えられず、同じ機体に乗る事は殆どと言って良い程無かったけれど、どんな機体を割り振られてもアルフレッドは一日限りの相棒をとても大切にしていた。
 恋人とまでは行かないけれど、どれも心から愛するのに相応しい存在なのだ。機体に性別があるならば、きっと男性では無く女性だと思う。一度大空へと舞い上がればとても勇敢な飛行を見せてくれる彼女達だったけれど(女は度胸、と言うらしい。前に同じ事を話した時、菊がそう言っていた)、注意していないとすぐに機嫌を損ねてしまう所がキュートだった。
 いつか最新型の機体に乗り換える事になっても、君達の事は絶対に忘れないぞと思う。成長期の身体には少しだけ窮屈な操縦席は、大人に成り掛けている自分をぎゅっと包み込み、初心へと引き留めてくれているようで、とても居心地が良かった。
 滑走路を走り切って完全にエンジンが停止したタイミングを見計らい、シートベルトとヘルメットを剥ぎ取ったアルフレッドは、慣れた手付きでボタンを押してコックピットの天井を開閉させる。そこそこの高さを誇る操縦席から下段用の突っかけを利用せずに飛び降りたアルフレッドは、軽く膝を撓ませて華麗に知面へと着地すると、その足でパタパタと滑走路を駆けって行った。
「アーサー! 来てたんだね」
「ああ。よく気付いたな」
 左官用の濃い紺色の軍服を纏い、軍帽を目深に被った姿であろうとも、自分が彼を見間違う筈は無い。久し振りに見る正装姿の義兄の元へ一目散に駆け寄って行ったアルフレッドだったが、彼の白い手袋を着けた右腕が軽い仕草で上がるのを見止めて、急いでビシリと敬礼を返した。
「お疲れ様です、カークランド少佐殿」
 アーサー相手に格式張るのは酷くこそばゆかったけれど、これが上官と対面した時の規則なのだから仕方が無い。とは言っても、口調や顔付きはすっかり笑いを堪えた物になっていたので、とても「少佐殿」に向けるべき態度とも思えなかった。
「あー……任務ご苦労、ジョーンズ少尉」
 負けず劣らずのやる気の無い声で応えたアーサーは、目深に被っていた軍帽を脱ぎ、少し癖の付いた金糸の髪を煩わしそうに掻き上げる。
「うざってぇ挨拶はいーよ。さっき本部の遣いで寄ったら、中佐がお前が飛行中だから見て来いっつーからさ」
「ふーん」
「優秀だって褒めてたぞ。飛行機乗りになるべくして生まれてきたんじゃねぇかって」
「それは言いすぎだぞ、幾らなんでも」
 普段は気難しく小言しか言わない飛行中隊の中佐が、影ではアーサーに手放しの賛辞を述べていると知って、少しだけ驚いた。嬉しいよりも何と無く照れ臭さの方が勝ってしまい、誤魔化すようにあははは、と笑い声を上げる。
「ま、その位じゃねぇと、俺らの反対押し切って空軍に入隊した意味はねぇよな」
「……もしかして君、まだそれを根に持ってるのか?」
 アーサーの海外任務解除に合わせて一緒に本国へと戻ってきたアルフレッドは、それまで通っていた海軍幼年学校には復学せず、自力で空軍士官学校への入隊を決めて来たのだ。このままエスカレーター式にアーサーの所属する海軍に入って彼の指揮下で船乗りになるよりは、英国の海外領土を確実に保障防衛すると言う名目で派生した空軍で、空の上から兄を援護している方が何と無く自分らしいと思ったからだった。
 アーサー含めたカークランド家の皆は驚いていたけれど、海軍にはアーサーがいるし、陸軍には上の義兄さんたちがいるから、だったら自分は空軍に進んで空の安全を護りたいんだと述べると、予想よりもあっさり納得してもらえたので助かった。しかしアーサーだけは未だに「俺ん所に来ればよかったんだ」と酔っ払う度に愚痴を零していたので、少しだけ悪いと思っていた。どうやら同じ護衛艦に配属されて、一緒に本国の海を護るのが彼の夢だったらしい。泥酔していた時にポロリと漏らしていた独り言だったので真意は解からないけれど、その時ばかりは空軍を志願した事を少しだけ後悔してしまった。
 その代わりと言ってはなんだけど、今年の春に士官学校を卒業した後は、運良くパイロット候補生としての推薦を受ける事が出来て、海岸線の第一線警備を任されている飛行中隊への配属が決まったのだ。アーサーの居る海軍とも密接に関連した部隊での任務に着けた事が出来たし、階級も少尉の位を配官して、これで自分も一人前の士官の仲間入りを果たす事が出来たのだと思うと嬉しかった。
 三年前に少佐へと昇進したアーサーには、まだ遠く及ばないけれど、もう護られるだけの子供では無い。その事がアルフレッドの中で自信に繋がり、本来の溌剌とした性格を更に明るく盛り上げていた。
「今日の夜は、こっちに帰って来るんだろ?」
 不意にアーサーから声を掛けられる。父も母もお前に会いたがってるぞと続けられて、少しだけ躊躇った後に、アルフレッドはうん、と頷いた。
 士官学校への入学を期に、世話になっていたカークランドの家から寮に移って以来、規則の厳しさを理由に長期休暇の時しか帰っていなかった。今年に入ってからは年末年始に顔を出して以来だ。
「お邪魔するよ。義母さんなんて、俺の誕生パーティーを開くんだって凄く張り切ってるし」
 小さく苦笑を浮かべながら、アルフレッドは照れ臭そうに頭を掻いた。
 明後日の日曜日は、戸籍上、自分の誕生日と設定されている日だった。厳密に言えばこの世に生を受けたのはその日では無かったけれど、孤児だった自分は施設に保護された日が書類上の「誕生日」となっているのだ。