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紺碧の空 番外編【完結】

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 身に覚えの無い誤解が発端となって切り出された別れの宣告から数日。敢えて此方から連絡を取らずにいたのは、弟の気持ちを少し落ち着かせた方が良いだろうと勝手に判断したからだった。きっと今は頭に血が上っていて自分が何を言った所で聞く耳を持たないのだろうし、此方がリアクションすればする程、向こうは意固地になって絶対に別れると言って聞かなくなるのだ。一旦こうだと決めた後の弟の意思の固さと頑固さには舌を巻く物があると経験から察していた。
 だからこそ実家に戻っている妻に連絡を取って、彼女の口から懐妊はデマだったと家族に知らせ、父や母を納得させる。その上で弟に連絡を取って全てお前の早とちりだったのだと、あくまでも素っ気無く、その半面心は何処までも真剣に、直接会いに言って告げるつもりだった。その方がアルフレッドを確実に取り戻せると算段していた。
 こうなると知っていたら、あの喧騒のプラットフォームに消えていった背中を形振り構わず、プライドを捨ててでも追い掛けたのにと、悔やんでも悔やみ切れない悔恨の記憶にアーサーはギリリと奥歯を噛み締める。
(アル、が)
 もしあいつが、手の届かない場所に行ってしまうのかも知れないとしたら……。
 ふと頭の片隅に浮かんだ縁起でもない思考にぶるりと全身が震撼した。
 考えないようにと精一杯努めても、もし最悪の事態が起こっていたらと思うと、怒涛の様に押し寄せてくる不安と焦燥で胸中は混乱し、我を忘れて狂ったように大声で叫び出してしまいそうになる。
(ざけんな……っ!)
 そんなの、絶対に許せる筈が無い。
 俺の許可無く俺の前から居なくなるなんて。その髪に、肌に、頬に、唇に、触れられなくなるなんて。
(そんなの、許せねぇんだよォ……!)
 その均整の取れた肢体も、成長期を迎えてしなやかなカモシカのようにスラリと伸びた四肢も、陽に透けて初めてブロンドに輝く手触りの良い髪も、目の覚める鮮やかな蒼穹の空を溶かし込んだかのような美しい瞳も、頬に落ちる長い睫毛も、染みの一つも無いきめ細やかな白い肌も、見た者を愉しい気持ちにさせる弾けるような満点笑顔も、全部、全部自分のものなのだ。誰にも渡さない。その相手が例え運命であっても譲る気は一切無い。必ず自分の腕に中に取り戻してみせる。
 俺の手で、必ず……!
 耳に当てたスピーカー部分をギリギリと掴み上げ、絶対の誓いを心の蔵へとしたためた。
 アーサーの誓言を後押しするようなタイミングで筆頭航海士の青年が背後に立ち、敬礼の手本のような隙の無い仕草で腕を掲げる。
「少佐、出艦準備全て整いました」
「了解」
 若い艦長の下、配属された下士官達も比較的若年の層が多くを占めていたが、常日頃の厳しい訓練の賜物もあり彼らは一様に優秀な乗組員達だった。普段は至極冷静な艦長の珍しく取り乱した姿に最初こそ驚いた様子を見せた彼らだったが、すぐに私情を捨てて任務へと頭を切り替えるだけの優秀さを見せていた。
 此れは演習では無い。人の命の掛かった真剣な救援活動なのだ。
 アーサーは耳に当てていた無線機のヘッドフォンを外し、航海士から手渡された艦長の印でもある軍帽を間近に被った。全面にぶち抜かれた大きな窓から覗く海を睨み付け、すっと右手を徐に持ち上げる。
「此れより本艦は救援要請のあった空軍隊士二名の救助に向かう。……出艦だ!」
 鋭い怒号にも似た命令を受けて、濃紺の艦体はゆっくりと広い海原に乗り出していった。エンジンの回転と電動して船底に装備されたスクリューが一気に動き出す。地の底から響いてくるようなヴゥゥゥンと言う震動音が足裏に伝わり始める。
 深い灘に攫われた最愛の弟を取り返すべく。
 アーサーは自らの分身とも言える護衛艦と共に、紺碧の海へとその身を委ねさせた。