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紺碧の空 番外編【完結】

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  幼い頃から慣れ親しみ、愛していた雄大な大海だったけれど、何処を探しても其処にアルフレッドの面影は無いと思っていた。重力に縛られて地に足を付けているよりも、常識を吹き飛ばして自由に飛びまわれる空の方が断然に性に合っているだろうと思っていた。しかしそれだとアルフレッドは自分の所からいつか飛び去ってしまうかも知れず、アーサーにとってはその日が来ることが何よりの恐怖だった。
「俺にはお前しかいない。お前しかいらない。このままお前の脊髄を裂いて何処にも行けないようにして、一生俺だけの部屋に閉じ込めておきたい」
 物騒な事を大真面目に話すアーサーに、この人だったらやりかねないなとアルフレッドは頭の片隅でぼんやりと思った。それはそれでとても幸福な人生であるかも知れない。己の全てをアーサーに任せて、自分で未来を選び取らなくて済むのだったら楽だろうに、と。
 しかし世間体等を考えると、それは酷く難しい選択肢でもあった。
「馬鹿だな……。君には奥さんだって、……赤ちゃんだって、いるんじゃないか」
 努めてサラリと言い流そうとしたけれど、赤ちゃんと発音した途端にズキンと胸が痛んで不自然な間が生じてしまった。やっぱり駄目だな俺はと自嘲の念が込みあがって来る。
 アーサーは何故自分がこの事を知っているのかと怪訝に思うかも知れないと思ったけれど、彼は驚きよりも断然辛そうに眉宇を歪めて、その美しい緑色の瞳の半分以上を瞼で覆い隠した。
「……あれはあいつの狂言だ」
「え?」
「もし孕んでたとしても、俺の子じゃねぇし」
 アーサーは苦々しく呟いて僅かに顔を伏せる。
 俺が抱きたいのは、お前だけなんだと落ちてきた声音は何処までも真剣で、胸の内をそのまま吐露しているような本音の響きを伴っていた。その不躾な言葉にカッと頬が熱くなる。
 来てくれるか、とアーサーは続けて言った。
 主語の抜けたセリフに、アルフレッドは当然ながら何を言われているのか解らず、動揺の浮かんだ表情はすぐさま何処へ行くのかと怪訝そうな面持ちに変わった。
 弟の揺れた視線を受け止めながら、アーサーは続けた。
「俺はあいつと別れて家を出る。二人で暮らそう、アルフレッド」
「……っ」
 信じられない内容の宣告に、アルフレッドはギョッと目を剥いた。そんな勝手なこと、絶対に許される筈が無い。義父さんも義母さんも悲しませてしまうだろうし、自身の立場だけではなく、カークランドの家にも瑕が付きかねない騒動に発展するかも知れないのに、そんな大事に自分なんかのちっぽけな存在が釣り合うだなんてとても思えない。何を馬鹿な事を言ってるんだと叱咤し、即刻却下しようと開きかけたアルフレッドの唇を遮るように、アーサーは語気を強めて深い口調で言い放った。
「愛してる。アルフレッド」
 そう囁いたアーサーの表情は、泣く寸前の子供のように歪み切っていた。いつものスマートで何でも卒なくこなしていく大人の顔では無く、迷子になった子供が親を探して歩き回っているかのような不安と恐怖が綯い交ぜになった苦しい告白。
 俺にはお前を失う事以上に怖いことなんか有りはしないのだと、精神に訴えかけてる響きをしていた。
 その告白を聴いたら、細い腕の何処にこんな馬鹿力があるのかと驚愕する位の強い腕力で抱き締められたら、もう抗う術など無いにも等しかった。
「…………っ、」
 アルフレッドはアーサーの軍服の裾を握り締め、ぎゅっと硬く瞑った瞳からぼろぼろと涙を溢れさせた。