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ある女の子の話

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真夜中、ふしぎな香水瓶をにぎりしめて、ひとりで姿見の前に立っている、その子はいつきだ。毎晩、幼い妖精がすっかり眠ってしまったころを見計らって、いつきは布団を抜け出す。これからいつきはあることを始める。それは毎晩繰り返される、いつきだけの秘密だ。
 いつきは綿でできた古風な寝巻を着ている。実際これは古くて、なんでもお祖母さんの代から使ってきたものだという。さらりと硬い感触のある、その浴衣の合わせを、いつきは少し緩めて、胸元に香水をそっと振りかける。しゅ、しゅ。
 すると、どうなるかわかるだろう、一瞬でいつきの髪は伸び、古い着物は白く柔らかなドレスへと変わる。つややかな髪にお姫様の肌着のような純白の衣。顔を上げると、姿見はそんな女の子の姿を映している。
 さて、わたしたちはこの女の子のことをなんて呼ぼう。それはいつきでもサンシャインでもない、薄い衣一枚だけを身にまとった、脆弱で、はかなげで、やせっぽちのひとりの女の子だ。月明かりをたよりに、女の子は鏡の中の自分の姿を眺める。長い髪、白い肩、武道の練習でつくった傷や痣がすべてキャンセルされて、まっさらになった腕を眺める。
 薄い胸を眺める。衣の奥にかすかに透ける、よく締った細い脚の輪郭を眺める。
 女の子はすこし震えている。運命がわずかに違っていれば、決して目に入るはずのなかったもの、気付くことさえなかったはずのものに自分は気付いてしまった。この子はそう思っている。それはとても大きなことだとこの子は思っている。その大きさを思ってこの子は毎晩震える。この子は、だから、真夜中の姿見を決してやめることができないのに、その一方で、香水の減りかたがいやに早い理由をともだちに告げることもできない。
 秘密を持つとはどういうことかを、この子は知ってしまったのだ。

 けれども、今夜、この秘密は唐突に破られる。
 「あんたって、おかしな子ね」
 誰もいるはずのない背後から声がして、女の子は反射的に振り返る。
 肩まで伸びた豊かな赤い髪の女性が、胡坐をかいた格好で、床より数十センチ上の中空に浮いたまま、頬杖をついてこちらをにやにやと眺めている。サソリーナだ。眼前に敵の姿を認めて、女の子は咄嗟に身構えた。
 「やあね、そんなつもりじゃないわ、あたしだって今はオフよ」
 サソリーナがひらひらと手を振ってみせる。
 「なにしに来た」
 「ちょっと、興味があってさ…」
 言いながら、サソリーナは女の子の姿に頭から足元まで一瞥をくれ、
 「あんた、変身する前と後と、まるで別人じゃない」
 そして、首をかすかに傾げて、目を細めて女の子の顔を眺めた。
 「…そのカッコで、あんた自分のこと、なんて言うのかしらって」
 女の子は目を丸くする。
 次の瞬間に、この子は、ぼく、わたし、そのどちらの言葉も自分の喉から出てこないことを知る。喉は麻酔をかけたように硬くなっている。
 女の子の体が、これまでのどの晩よりも激しく震えている。額にいやな汗が流れる。なにか、なにか言わなければ、喉を押さえて、必死に、女の子はひとつの言葉を紡ぎ出す。
 「…こころ、の、はな」
 「あん?」
 サソリーナが訝しげな顔をする。
 「こころの、はな、いま、どうなってる」
 サソリーナはぱちぱちと瞬きをして、それから、にやりと笑う。
 「なんて言ったらいいかしら…」
 女の子は、おそれながら、それでもサソリーナの瞳に視線を合わせる。ふたつの視線が一致したその瞬間、サソリーナは次の言葉を告げる。それを聞いて、女の子はとうとう確信する。
 もう、もどれないと。

 「狂い咲きね」
作品名:ある女の子の話 作家名:中町