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フシギダネと女の子

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【フシギダネと女の子】

女の子の目の前にいるのは緑色のカエルが蕾を背負ったような生き物だった。
たねポケモン、フシギダネと言う。
オーキド研究所に残っていた最後のポケモンだ。少女とフシギダネは互いに視線を合わせる。
『ダネ』
やがてフシギダネが視線をそらせた。
「刃物の扱いなら慣れてるんだけど、生き物はな……」
女の子は蕾を指先で突く。マサラタウンから旅立って、トキワシティにつくまでの間、
それまでフシギダネはモンスターボールから出して連れ歩いた。理由としては狭いところにいるよりも広い場所がいいだろうと
いうものである。一人と一匹が居るのはトキワシティのポケモンセンターの宿泊用の部屋だ。個室であり、狭い。
狭いがベッドや簡易テーブルやシャワーなどが着いている。フシギダネの蕾を突き続けていると、ドアがノックされた。
「どう? フシギダネは……名前はシンだっけ?」
「シンちゃん。雄だから。そっちは?」
入るよ、と言う声の後で入ってきたのは十代後半の金髪を和柄のシュシュで一つ結びにした青年だった。
足下には二匹のいでんしポケモン、イーブイが居る。一匹は雄で、もう一匹は雌だ。フシギダネにはシンちゃんという名前があった。
「徐々に仲良くなってきたはずだけど、雄の方はノクスで、雌の方はマタン」
「進化だっけ? 変わるんだけよね。このポケモン」
「変わるらしいね。それなら変態の方が……だけど進化の方が語呂がいいからとかで」
二人にとって、ポケモン……ポケットモンスターは不思議な生き物であった。この二人はこの世界の人間ではなく、
別の世界の人間だ。自分達の居た世界から飛ばされてこの世界に来て、オーキド博士と出会い、旅に出ることになった。
女の子が貰ったのはオーキド研究所に最後に残ったフシギダネ、青年が貰ったのはイーブイが二匹だ。
「生き物はなー……生きてるからなー……」
女の子は当たり前の、当たり前でいながら彼女にとっては引っ掛かることを呟きながら、試しにシンちゃんを抱き上げてみた。
抱き上げられたシンちゃんは女の子をじっと、見ていた。



モンスターボールの中にいても、外の音は聞こえていた。
二人の少年がそれぞれ、とかげポケモンヒトカゲとかめのこポケモン、ゼニガメを選んでシンちゃんは一匹、残された。
ずっと残されているかと想ったら、ふいに旅に出られることになった。
主は、女の子だ。
空色の髪をした女の子である。
女の子は自分と居ることが困るらしい。”この世界って互いにポケモンを戦わせてるんだよな””ポケモンを戦わせるなら、
自分で闘った方が速いのにな”など一般は、普通は、口走らないようなことをたまに口走っている。
『ダネ』
シンちゃんとしても、オーキド研究所でたまに外に出される以外は余り外に出たことがない。
青年とノクスとマタンが買い物に出かけた後で部屋には女の子とシンちゃんだけ。一人と一匹きりになる。
「猫は飼ってたけどあれは飼ってたというか……お前、光合成してればご飯いらないの?」
『ダネ』
光合成をしていればフシギダネは養分を作り出せるし、背中の種にはしばらく元気で動き回れるぐらいの栄養分が貯められているが、
食事はいる。食事も居ると言う気持ちを込めて鳴くと女の子は頷いた。
「ポケモンフードとか何かアイツが買って来るみたいだから、それ食べようか。食える時には食べないとね……難しいね。生き物」
難しいと女の子はいう。
シンちゃんはそれで気がつく。女の子が困っているのは自分とどう接して良いのか解らないのだ。女の子にとってシンちゃんは
初めてのポケモンだ。不自由をさせたくないなどもあるが、どうしたら不自由しないのかなどが浮かびづらいのだ。
其れはシンちゃんも似たようなものである。
自分にとってのポケモントレーナー。
悪い人ではないようだが、まだ良く分からない。たまにずれたことを言っているし、知らないことばかりだ。
『ダネ』
シンちゃんはツルを伸ばす。ベッドに座り、考え込む女の子の左手に何度か当ててみた。
「……考え込むなって? ありがとう」
攻撃したかもと勘違いされる気がしたのだが、女の子はシンちゃんの気持ちを上手く汲み取ってくれた。
また、ドアがノックされる。ノックしたのは青年だ。
「ポケモンフードを買ってきたよ。君のおやつも。モンスターボールは売り切れで入荷待ち」
「トキワシティにはまだ居るから気長に行こう」
足下にはノクスとマタン、青年は皿を三つ並べるとそれぞれに箱に入ったポケモンフードを適量入れていく。
女の子に渡したのはペットボトルの水とゼリー状の栄養食品とチョコレートだった。店にはこれぐらいしかなかったらしい。
『ブイ』
「ノクスとマタンがどうなるか……だな……」
青年の呟きを聞きながら三匹は食事を取る。女の子もゼリー状の栄養食品を吸い上げていた。途中でチョコレートを出すと
銀紙を破いてひと囓りしている。
『ダネ?』
「チョコレートだよ。食べる?」
女の子がチョコレートを割り、シンちゃんに投げる。シンちゃんの大きく開けた口にチョコレートが放り込まれる。
『ダネ!』
甘い味が口に広がる。
ポケモンフードは栄養を考えられた食品であるが、味気ない。チョコレートの方がシンちゃんは気に入った。
「気に入ったみたい。もっとあげてみよう」
「メタボるぞ。チョコいっぱいあげたら……太るだろ」
『ダネ』
調子に乗ってチョコレートをあげようとする女の子に青年が言うが、その言葉にシンちゃんが反論し、ツルを強く
青年の手に当てた。苦笑する青年の肩にノクスとマタンがよじ登る。
二匹もチョコレートが欲しくて、青年にせがんだ。
「仲良くやっていこうね。シンちゃん。失敗するかも知れないけど」
チョコレートを左手の掌の上に乗せて女の子が視線を合わせて言う。シンちゃんは掌に載せたチョコレートを
ツルの上に器用に乗せて口の中に入れた。
始めてポケモンを持ったポケモントレーナーと、始めてポケモントレーナーを持ったポケモン、一人と一匹はまずは
仲良くなってみることにした。


【Fin】
作品名:フシギダネと女の子 作家名:高月翡翠