滅びの美学
滅びの美学といったのは誰であったか、知らない。そんなに学もないし、見聞を広めることを意識したこともない。ぼんやりと庭を眺めながら、そんなことを思う。五月の庭は、こちらがぞっとするくらいに健全で、ひなたにでたら砂になってしまいそうだと思った。
すっと静かに隣に腰掛ける男をちらりと見る。この男は汗をかかないのだろうか。いや、こめかみに流れる汗を見たことがある。夏の、見廻りだったろうか。いつだって何も覚えちゃあいない。そのうち自分の名前すら忘れちまうかもしれない。
「アンタはどう死にたいですか?」
答えによっちゃあ協力します、云うと頭をはたかれた。冗談が何処までも通じない男だ。味覚は限りなく冗談めいているのに。
不穏な問いは男の黒い影に溶けた。
「そんときはよろしく頼むぜ」
何を、と男は云わない。問いただす気もない。
さて、どうしたものか。
砂になって風に流されるわけにもいかない。だからといって誰かに殺されるのも癪だ。猫や、遠い異国にいるという象のようにひっそりと逝きたい。生きた証なぞ残さず、出来る限りひっそりと。
空を見上げた。太陽に目を焼かれそうだった。
はて、何でこんなことを考えていたのか。馬鹿らしくなって立ち上がった。咽喉が渇いた。生きている。それでいいじゃないか。