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【ゲルマン新刊】LILIE【リヒ愛され本】

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午後の誘拐犯(プロイセンとリヒテンシュタイン)



 おつかい、だった。
 手に提げた籠の中にはたくさんのジャムとフルーツに、店のおばさんがおまけしてくれたクッキー。それから、頼まれてはいないが店頭に並んでいるのを見つけてつい衝動買いしてしまった猫のぬいぐるみが、籠のふちからちょこんと顔を出している。常に倹約を心がけている兄が知ったら、怒られてしまうかもしれない。けれど、くすんだ金色のふわふわとした毛並みとは裏腹に、睨むようなみどりのガラスで出来た目つきの悪い瞳を見て、彼女は思ってしまった。
 おにいさまに、にてる。
 そう思ったが最後、彼女にはそのぬいぐるみを無視することなどできなくなっていた。しばらくショーケースの前に立ち尽くして悩んでいると、店主と思しき恰幅のいい、けれどとても柔和な笑みを浮かべた壮年の男性が店から出てきた。どうだい、と彼女の手の上にその猫のぬいぐるみを乗せられては、彼女に抗うすべはなかった。
 彼女の熱心な視線に、店主は値段を特別に安く提供してくれたため、彼女はぬいぐるみを胸に抱きながら何度も頭を下げて店を去った。
 嬉しかった。ひとはあたたかい。彼女は、やさしいひとが好きだった。昔、現在は兄と慕う彼に助けられてから、ずっとずっと、彼女はひとのあたたかいところに触れるのが好きだった。
 怒られてしまうかもしれないけれど、帰ったらお兄さまにも話しましょう。彼女はぬいぐるみの入った籠を揺らし、ふわふわと浮かれた気持ちで街を歩いた。少し見慣れないところも歩きたくなった。もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。
 気付けば彼女の周囲にあった景色は色を変え形を変え雰囲気を変え、見慣れぬものになっていた。辺りを見回しても彼女の記憶の中にある町の風景とは違っており、どうやら知らない間に違う道を進んでしまっていたらしい。兄の友人(これを言うと、本人たちは否定するが)もよく道に迷うひとだったと記憶しているが、これは、もしかして。
「おい、リヒテンじゃねえ?」
 唐突に後ろから声をかけられ、彼女は慌てて振り向く。
「あら、プロイセンさん。お久しぶりです」
 ぎんいろの髪を日光に透かし、あかい目は少し驚いたように丸みを持ってリヒテンシュタインを見つめていた。なにしてんだ、と駆け寄ってくるプロイセンに彼女は首をかしげ、僅かに眉を下げる。どう、言ったものか。
「……迷子か」
「違います」
 リヒテンシュタインの様子を見てぽつりと呟いたプロイセンの言葉を受け、彼女は素早く否定で返す。しかし、じゃあなんだよ、と切り返されて、リヒテンシュタインは言葉を失った。いま、自分が置かれている状況を鑑みて出てくる言葉はひとつ。
「……まいご、です」
 だろ、とため息をつくように笑うプロイセンに、視線を合わせることができなかった。