紅蓮の鬼の遊び方
「逃げんな旦那ー!!」
「逃げてなどおらぬっ、戦略的撤退だ!!」
「アンタ戦略的に撤退した試しねーじゃん!」
「失敬な!減給するぞ!」
「ずっりい!!」
城の者がおやおやまあまあと微笑ましく見守る中、城主たる真田幸村は凄まじい勢いで駆けていた。それを追いかけるは真田忍隊長、猿飛佐助。
こんな状況になった理由は城のある一室にあった。その部屋には、城主真田幸村の印が必要な書類が山となって積んである。
・・・まあ、そういうわけである。
忍相手に鬼ごっこたあいい度胸じゃん、と佐助はこめかみをひきつらせた。瞬間その場から佐助の姿が煙と共に消え、爆走する幸村の進路に現れる。
「なっ」
「逃げんなってんだ、よッ!」
投げつけたのは苦無。それは幸村の足下を正確に地面に縫いつける―――はずだったが。
キンッと高い音を立ててそれらは弾き飛ばされる。
「!?」
今の今まで持っていなかったはずの朱塗りの二槍が、幸村の手に握られていた。
「頑張ってねー幸村様」
「おう!感謝する小介!」
傍の木の上には人懐こそうな小柄の男。
「小介ェ!てめーあとで覚えてろ!!」
「あはは、すんませーん」
猫のようにニヤニヤ笑って、小介は煙と共に消えた。
そして佐助の目の前には、完全に臨戦態勢で槍を構える幸村の姿。
「・・・そこをどけ、佐助」
「・・・できないね、幸村様」
その言葉と同時に、ジャッと鎖の音を響かせて佐助の両手に大型手裏剣が握られる。
幸村は構えの足下を改めて踏みしめ、佐助はその様にキッと目を細めた。
「怪我だけで済むかわからぬぞ」
「こっちの台詞だ。忍舐めんなよ」
一陣の風が舞い降り、二人の間を駆け抜ける。それを合図にしたかのように、二人は同時に身を沈めた。
「・・・いざ」
「・・・忍び参る!」
まず放たれたのはまたも佐助の苦無だった。今度は足下ではなく一直線に幸村を狙う。残像すらも見えぬそれを、幸村はキキンッと槍で弾いた。
身を沈めた佐助が息をつく暇もなく一瞬で間合いを詰めてくる。大きく手裏剣を振りかぶった隙に幸村は地に伏せ、佐助の足下に足払いを仕掛けた。しかしそれは、振りかぶった手裏剣の勢いを使っての体を捻る身軽な動きで避けられる。
地に伏せたままの幸村の背中に手をつき、佐助は空中で逆立ちするように背後に降り立った。流れを殺さず、手裏剣を飛ばして鎖を伸ばす。
立ち上がりかけた幸村の体を縛る、かのように見えた鎖は、代わりに幸村の槍に絡みついた。
勢いに任せ巻きつく大型手裏剣は最後にはガキンという音を立てて止まる。
佐助の手裏剣は幸村の槍を縛り。幸村の槍は佐助の手裏剣を縛った。
お互い得物を一つ捨てねば動けない、膠着状態。
「・・・まだまだだね、弁丸様」
「・・・おまえは動きが鈍くなったのではないか、佐助」
「馬鹿言わないでよ、忍がんなこと言われたらお払い箱だっつの」
「俺も“紅蓮の鬼”は返上か?」
「さあ―――ねッ!」
佐助は瞬間ぐいと勢いをつけ鎖を引っ張った。はっとして槍を引きつける幸村に、ニヤリと笑う。
手が。
離れる。
「なっ!?」
自ら得物を手放した佐助は大きく跳躍し、幸村の上空で身を縮めた。幸村からは丁度逆光となり、佐助の様子は見えない。
手裏剣の鎖が絡まったままの槍が邪魔をして、反応が遅れた。
「―――これで終わりだ、旦那」
そして、苦無が雨のように幸村に向けて降り注ぐ。
目を見開いてその様を見ていた幸村は―――ニッ、と口角を引き上げ。
あめあられと凄まじい勢いで降り注ぐ苦無を全て、槍の回転で弾き飛ばす。そしてもう一方の―――手裏剣の鎖が絡まった方の槍を、思い切り地面に突き刺した。
後は重力に従うだけとなった佐助は、その様子に訝しげに眉を顰める。しかし身は縮めて落下を加速させ、幸村を押さえつける体勢に入った。
そして幸村は―――
槍の柄の高い部分を左手で握り、身を大きく沈め。
その流れで右手に持った槍も深く地面に刺し、―――ぐい、と勢いよく跳躍した。
右手は跳躍の勢いと共に炎を纏い―――体の回転も加え、豪速の拳となって佐助を抉る!
「―――くく」
「―――あはは」
瞬間二人は楽しそうに笑い、炎も勢いも消え、佐助は幸村に抱き止められるように、幸村は佐助を抱き止めるように、二人で地面に落下した。
地面には突き刺さった槍が二本。
そして仰向けに空を見上げながら満足そうな笑みを浮かべる佐助と幸村の姿があった。
「ちょっと頭よくなった、かも。旦那」
「あの程度。毎日忍の動きを見ておれば思いつきもするわ」
頭よくなったとはなんだ、と幸村は拳を作って佐助の頭にこつんと当てた。佐助はそれに小さく声を上げて笑う。
「・・・旦那と遊ぶのは楽しいわ」
「・・・俺もだ」
くすり。笑う幸村に、佐助も同じように微笑んだ。
「よっ、と」
かけ声と共に佐助はぴょんと立ち上がり、幸村に手を伸ばす。
「ほら、遊びは終わり。仕事、戻ってよね」
「・・・やらねば駄目か」
「当たり前!」
差し伸ばされた手を取る。幸村は握られたその二つの手を見て、柔らかく笑った。
「やはり駄目か?」
「駄目です。今日一日で何回逃亡してると思ってんの!忍隊も手ぇ貸すな!」
「いやぁ、主様たってのご希望ですからー?」
「・・・見てると面白いし」
「シメるぞ!」