無彩色
口に出して言ってみた。視界がぼやけてお前の顔が見えなくなった。
「いっそ嫌いになりたかった」
剥き出しの胸元が濡れた。
「嫌いになってくれたらいいのに」
冷たい声が響いた。
「お前なんか嫌いだ」
震えた声を絞り出した。
「俺もだ」
…無感情な声で突き放された。
「俺たちこれで終わりにしようか」
「お前なんか嫌いだよ」
「ちょっと物珍しかっただけ」
「黙ってりゃ顔はかわいかったから遊んでみたけど、止めときゃ良かった」
「ほら、わかったら早く帰れよ」
どこまでも優しい彼に吐き気がした。このまま嫌いになりたかった。
そう、彼の言うとおりに。彼の誘導するとおりに。
彼の泣き顔は見なくてもわかった。何度も見たその顔はきっと何百年たっても忘れない。
身長の割に貧相なその背中を眺めながら脱ぎ散らかした胴着を着た。
これも早く洗わなければ、この家の匂いが染み着いている。
ついに彼がこちらを見ることはなかった。一体、私の為に何度泣いたのだろう。あの日のことを思い出した。
「私にできることならなんでもするぞ」
今となっては遠い記憶。彼は約束に忠実だ。思い出すのもこれが最後。私は彼を嫌いにならなければならない。
帰り道、ひとりで彼の欠点をあげつらった。いつの間にか、気候は随分暖かい。まもなく桜も咲くだろう。今年は独りで見に行くか。
「私はお前なんか嫌いだ」
口に出して言ってみた。頬を伝うものは無視した。
「私はお前なんか嫌いだった」
そうだ、あの頃に戻ろう。私は200年かけて学んだ。努力してできないことはないと。そろそろテントにたどり着く。
また山にこもって修行でもしようか。新たな先生を探そうか。今日はひどく鉄下駄が重い。足がなまってしまったようだ。死した先生に申し訳ない。
さぁ、テントを畳んで街を出よう。師匠もいないここにもはや意味はない。私も大宇宙神のお側に行こうか。
私にしがらみはなくなった。
「私はあいつなんか嫌いだ。」
変身する。飛ぶ。さあ、師匠の元へ行こう。