習作
「あのひと、しんでくれないんです」
そしたら、翌日。玄関に死体があった。
死んでくれない人だった。
綺麗な顔したあの人は、死んでも当然のように美しくって。
前みたいに変なことも言わないし、とめどなく話し続けることもなくって。
ただただ、綺麗なだけだった。
あの人が生前着ていて夏には暑苦しいあの黒いコート。
あの人が生前履いていた黒い革靴。
あの人が生前着ていた、黒いシャツ。
あの人、が、生前。
あの人はもう浮気なんてしなくなった。よかった。
僕に触れた指で、もう誰も触らない。
僕に愛を囁いた口で、もう誰にも何も言わない。
僕の家に来るための足で、もうどこにも行かない。
僕の言葉を聞くための耳で、もう誰の言葉も聞かない。
僕のための彼は、もう、僕以外のためになにもしない。
よかった。
これで、よかった。よ、ね。
ああ、玄関に死体がありますって、泣きながら通報する準備をしなくちゃ。
最後の、キス、してもいいよね。僕が彼と付き合ってたのなんて、一応は有名で。
でも、そんなのしたら僕が殺した、みたい?
でも、でも、でも。
キスしたいな。
久しぶりのキスは、冷たくって。ちょっと固い感触。いつも柔らかい唇だったのに、別の人とキスしたみたいだ。
携帯電話を手に握りしめて、慣れない番号を戸惑いながら押した。
「どうしょ、どうしたら、あの、あの、あああ目の前で、いざ、やさ、が倒れてて!どうしよう!助けてください、冷たいんです、どうしたら、ああはやく!いざやさんを助けて!死んじゃう!いざやさんがぁ、う、ひぅ」
泣きながら、叫びながら、取り乱して電話した。
これで、僕は「同性の恋人を亡くした可哀想な子」だ。
消防署の人に、諭されながら、たどたどしく住所を言う。
はやくきて、と叫んで電話を落とした。踏みつけるようにして通話を切る。
「僕のこと、もう好きって言ってくれないんですね」
小さく吐き出したら、嘘でない涙がでた。
だけど、もっと好きって言ってほしかった。
だれにもすきって、いわないでぼくだけに。