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ペイイットウィズアボディ

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瞬きを繰り返しながら開けた視界にはぼんやりと暗い天井が映った。ああ夜なのかと安易に思い、すぐにここはどこだという疑問に取って代わる。サッチは唸りながら瞼を擦った。見慣れない天井に闇が蟠っている。何だっけと上を見上げたまま記憶を逆行させるが、どうやら少し飛んでいるらしい。確か仲間内で飲んでたんだけどなぁと思いながら首を巡らせ、かちゃん、という陶器のぶつかる音がして、サッチはそちらへ視線を下げた。
起きたか?と低く落とされた声の主に少し驚く。和装をだらしなく肌蹴て床に座り込んでいる男はサッチを振り返りもせずに小さな杯を傾げている。
「…ここお前んち?」
サッチの寝そべるソファを背凭れにして、イゾウはああと口端を持ち上げる。途端にその横顔には妖しい色香が翻り、サッチは何故だか感心した。
「アホ面下げて寝こけやがって、運ぶのにどれだけ苦労したと思ってんだ」
「あー、俺また潰れた?」
どうりで記憶が無いわけだと、頷くイゾウの横顔を眺めながら嘆息する。同格の兄弟達と飲むとたまにこうなる。お前はすぐ気が緩むんだと言われても、確かマルコ辺りにも言われたような気がするが、自覚が余り無いのだから改善の仕様が無い。まァ信頼してるってことだよと呟く。別に部下達を信頼してないというわけじゃなく、部下の前ではカッコよくしてェだろというのがサッチの主張だが、イゾウには鼻で笑われた。
改めて室内をぐるりと眺める。イゾウが外に持っている家に来るのは初めてではなかったのだが、暗がりに浸された中ではたいして物は判別できない。はたしてこんな部屋だったかと首を傾げ、鈍い回転しかしない脳みそに結局どうでもよくなる。抜け切らない酒に気だるくがりがりと頭を掻くと自慢のリーゼントがぼさぼさで少し切なくなった。
暗闇の齎す静寂が隙間なく空間を埋める中、イゾウとサッチの居る辺りだけが淡く浮び上がっている。大きく切り取られた窓から満月には幾日か足りない月の光が差して、イゾウが何を見上げていたのか知れる。同時に少し可笑しくなった。
「洒落てんなァ月見酒かよ」
情緒を解す男なのかそうでないのかが未だによく分からない。
かちゃん、とまた陶器の触れ合う音がしてイゾウが杯に酒を満たした。
その光景を見るとサッチはいつも不思議に思う。イゾウが酒を飲む姿はそれこそしょっちゅう目にするが、そこに情緒なんてものは欠片も感じない。そんなものは別にどうだって構わないが、ワインの瓶を無造作に握り景気良く呷る手指はけれども嘘のように丁寧に小さな杯を手に収める。和装と相俟ってその様には涼やかな風情がある。それが不思議だ。
ぼんやり眺めていると、イゾウが見惚れたかと揶揄して振り返った。サッチは苦笑して絵になるねお前はと嘯く。
「惚れたか?」
「惚れねェよ馬鹿」
「つまらねぇなァ」
口元を緩めてイゾウは掌中の杯がゆらりとたゆたうのを見つめる。その指先がいとおしむように杯を撫で、目を細めて満足そうに唇へと注いだ。小さな陶器には静謐な趣が満たされる。
「それにしてもお前、飲みっぱなしなんじゃねェの?」
底がねえにも程があんだろと呆れたように尋ねると、それ以上に呆れた顔をしたイゾウにくしゃけたリーゼントをはたかれた。
「身に覚えはねェのか」
「何が」
「人の酒を片っ端からぶん取りやがって、お前のせいで飲み足りねェっつってんだよ」
「………マジで?」
「マジだ」
イゾウの酒をぶん取るとはまた恐ろしいことを、と彼方へ飛んだ記憶に慄きつつ悪ィと呟く。イゾウが意地の悪い顔でにたりと笑った。
「どう埋め合わせてくれんだろうなァ、サッチ」
「どうって、…」
埋め合わせ、と考えてサッチは単純に奢るという選択肢以外思いつかなかった。イゾウの酒量を知っている身としては考えただけで懐が痛むが、背に腹はかえられない。それだけで済むならまあいいかと、サッチが今度奢るよと呟くと、馬鹿にしたような顔をしたイゾウの手が顔に伸びてきてぐにゅと両頬を潰された。
「…いひょうはん?」
「間抜け。誰が金の話をしてんだよ」
体で払うに決まってんだろうと囁きその唇が楽しそうにつり上がる。
サッチの顔は逆に引き攣った。
「えー…」
「何だ、何か文句あんのか」
「だってお前容赦ねェもの」
翌日腰が立たなくてよれよれになってる姿を部下に心配されるなんていう情けない真似は二度と御免被りたかった。
ぼやくサッチにイゾウはなら優しくしてやろうか?と首を傾げる。何とも言えないその顔が言葉を裏切り過ぎてる。このドSな性格はどうにかなんねェもんかねとサッチは思う。
「…言葉と顔が合ってねェよ」
「失礼な奴だな」
ドロドロに甘やかしてやろうかと思ったのにな、と呟かれてサッチはいやいやいやと首を振った。そっちのが怖ェって、と言いかけた口を強制的に塞がれる。頬を挟んでいた指先が言ったそばから優しさの欠片もない仕草で無理矢理口を抉じ開け、強い酒の芳香を漂わせながら熱い舌が滑り込んできた。口内を好きに舐められつつかれ舌を絡め取られ、うわずった吐息が落ちる。呼吸の合間に可笑しそうにイゾウが笑った。
「楽しませろよ?サッチ」
「あーもー、好きにしろって」
けど痛ェのは勘弁、と付け加えながらも、イゾウに与えられる極上の快楽を知っている身体が早くも疼き出しているのにサッチは苦々しく溜息を吐いた。全く何て身体にしてくれたのか。思いながら、イゾウの前では酔い潰れないようにしようと、もはや幾度目かになる誓いを新たにしたのだった。

作品名:ペイイットウィズアボディ 作家名:ao