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儘ならないチャイルドフッド

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王都でも特に閑静な居住区の一角に突如現れる薔薇の庭は、ひときわ目立つ。色とりどりの草花に囲まれる美しい白亜の屋敷。幼い頃から何かと一緒にいる腐れ縁、アーサーの実家である。週末の予定のない日には決まって訪れるのだが、特に約束もなしに来る俺を未だかつてアーサーが出迎えなかったことはない。友達のいないあいつのことだからきっと週末に予定なんか無くて、時間を持て余すあまり仕方なく実家に帰り、晴れの日も雨の日も関係なく本を読み耽る休日を送っているのだろう。今日も今日とて、俺の予想通りにあいつはここにいるようだ。

「いらっしゃいませフランシス様」
「やぁメアリ、アーサーは部屋にいるのかな?」
「いいえ、今日は裏庭にいらっしゃいますわ」
「へぇ…珍しい」
「ふふふ、本当に」

玄関ホールで迎えてくれたメイドのメアリは、柔らかい赤毛と2人の子どもを持つ美しき人妻だ。繊細そうな顎のラインとは裏腹に、アーサーや俺のおイタを叱る豪胆で痛快な彼女が、小さな少女のように可笑しそうに微笑む。あんまり愉快そうなので訳を聞くと、快く答えてくれた。

「アーサー様ったら、お帰りになった途端裏庭の畑は使い物になるかと仰ったんです。何かと思ったら、野菜をお作りになるんですって」
「野菜ぃ?薔薇じゃなくて?」
「俺に出来ないことなんて無い!って、ぶつぶつ言いながら耕してらっしゃるんですよ。可笑しいでしょう?」

確かに可笑しい。生まれてこのかた泥にまみれたことなどないアーサーの金の髪と白い肌が、その難解で面倒な性分と同じように、随分と繊細な造形で成り立っているのを俺は知っている。キラキラ輝く大きなペリドットの瞳が、周囲を威嚇しながらもどこか孤独を感じ、内に沸く不安や傷付いた心を見せまいとやせ我慢をする様を、俺は知っている。高い背丈の割りに貧弱そうな体格、それら内側に持つ繊細さとの絶妙なバランスを、あえて童顔という安っぽい言葉で揶揄するたび、あいつは心外そうに眉を潜めて幼い頃の様に癇癪を起こす。そういう表情を見ると、いつだって俺の心は満たされたし、随分と優しい気持ちになれた。
そのあいつが、泥臭い土遊び。趣味がガーデニングだってことすら笑いの種なのに、次はどういうわけか自家栽培だ。あのお坊ちゃんが何を考えているのか、最近はよく解らなくなってきている。ずっと長いこと壊れ物の様なあいつの心と寄り添って来たはずなのに、ふと目を離した瞬間、どこか遠い所にフラりと歩いていってしまう。もうそれを察知することが出来ない。気づけば既に俺達は、互いに別のものを見ている、そんな気さえしていた。
それが、不快で堪らない。


流れのままメアリの後ろを付いて行った先、件の裏庭には、鍬で土を整える後ろ姿があった。白いシャツは泥にまみれ、汗でヨレヨレになっている。淀みなく振り降ろされる腕の動きは、高いばかりでひょろっちいと思っていた背中が、均整の取れた健康な筋肉を持っていることを知らしめていた。当然のことだが、アーサーは昔と変わらない純粋さや繊細さを持ち続けているわけではない。俺達は残念なことに、月日を重ねる毎に大人になってしまう。それは嘆くべきことではなく、享受しなくてはならないことだ。俺にはまだ無理のようだけれど、きっと、アーサーは違うのだろう。だからこんなにも不快に思うのだ。

思わずかける言葉を探しあぐねてしまい、呆然と後ろ姿を見ている間に、なかなか作業を止めない主に痺れを切らせたメアリが広い裏庭に響き渡るほどの声で言った。

「アーサー様、フランシス様がお見えですよ!お茶に致しませんか?」

耳の奥で大きく反響したそれに、はっと意識を引き戻す。振り向いたペリドットと目が合い、とっさに片手を上げて挨拶する。まるで働き盛りの逞しい男のように精悍な表情をしたアーサーは、顎下に流れる汗を乱雑に拭って一瞬気まずそうに目を泳がせたが、すぐに気を取り直した。

「よぉ」
「何植えてるの?」
「さぁな」
「知らないのかよ」
「押し付けられたんだよ。てめぇの守護天使様々に」
「守護天使?」
「ガキの頃散々聞かされたぜ、スラムで迷子になった時、空から降ってきて云々…」
「あぁ、アントーニョか」

わざとらしい気のない素振りだ。解っていてあえて口にしないひねくれ方は相変わらずか。俺も気を取り直して、ニヤニヤと分かりやすい笑みを張り付け、いつもの意地悪心で軽口を叩く。

「いつの間に仲良くなったの?お前ら会えば喧嘩しかしなかったのに」
「あいつが愛情深くないと野菜は育たないからお前には無理だとか抜かしやがるから、俺がどれほどのもんか見てろって言ってやったんだよ」
「あぁはいはい、やっぱり喧嘩だったのね…」
「あいつが突っ掛かるんだ!」

いつまでも変わらない、懐かしさと安心を与えてくれるアーサー。いつだって目まぐるしく変化し、未知に連れて行ってくれるアントーニョ。両者は対岸にあって俺の中の双璧をなしている。どちらも大事なものだから、仲良くなるのは大歓迎と昔二人を引き合わせたのだが、本人たちは出会い頭から争い、罵り合った。学生として再会した時も、仇の様に掴み合いを始めたものだから、俺が世話を焼いて大人になって示談しろと勧めたこともあった。もちろんその後和解は成し得なかったようだが。そんなこんなで、てっきり今も交流は皆無なのだろうと思っていたが、どうやら俺の持つ2つの世界は相反しつつ、なかなかの共存を果たしているようだ。木陰のテーブルセットに向かいながら、俺はわざとではない笑みを殺し切れずに、喉の奥で笑う。

「あいつきっと納まりが付かなくて嫌いなフリしてるのさ。嫌いにしたってちょっと過剰過ぎるし、何だかんだ言ってお前の話よくするよ?」
「……」

慰めというよりは、軽口や冗談の部類に入る言葉選びをしたつもりだったが、本人は神妙な顔で黙り込んでしまった。何か悩む要素があったろうか。気のない言葉で傷つけたかと焦り、フォローするべく口を開いたタイミングで、アーサーが呟いた。中身が飛び出してすっかり軽くなった箱の中に残った、最後のひとつ、それを見つけた様な声で。

「…そうか」

途端膨れ上がった焦燥と不快は、そこから胸の内のとある一言を押しだそうとしたが、声に出すことなどとてもじゃないが出来なかった。なるだけ動揺を押し殺して、静かに口を閉じる。意気地のなさに救われた。否、或いは致命的な間違いになるかも知れない。大事にしていたはずの宝物たちが、この手から零れ落ちて行く。それをただ見守るしかないのだろうか。逃すまいと力を込めたら、どうなるだろうか。
正解など、あとになってもきっと解らない。俺が大人だったとしても、難しい問題に違いなかった。