夏祭り
お兄ちゃんが当たり前のように言う。
お兄ちゃんは、マスターがいない間、クーラーを切る。
N○Kで地球が熱くなるという特集を見てからお兄ちゃんは環境問題に異常に興味を示し、隙さえあれば、電化製品の電源を切って廻る。お兄ちゃんは○HKびいきだ。NH○がお兄ちゃんを「ミク姉をしのぐ人気」とか紹介してから、お兄ちゃんはNHKを世界一すばらしい放送局だと信じて疑わない。
今日もマスターがレンとガンプラを買いに出て行った瞬間に、お兄ちゃんはクーラーを消す宣言をした。
「やだよ~暑いよ~」
私がダダをこねると、お兄ちゃんは優しい笑顔で言った。
「フンボルトペンギンさんが海に落ちちゃったら悲しいだろ?」
フンボルトペンギンさんは海に落ちちゃっても泳げるよ? てかお兄ちゃんも電化製品だよ? 切っちゃう?
という言葉が喉まで出かかったが、無垢な瞳に見つめられて、私は言葉を飲み込んだ。
レン相手なら難無く言えることが、お兄ちゃんには言えない。
お兄ちゃんが上機嫌でクーラーを切って、アイスを食べ始めた。うらめしそうな瞳で見つめていたら、
「食べる?」
とアイスを差し出してきた。
「食べない」
ぷい、とそっぽを向くと、お兄ちゃんは心底不思議そうに首をかしげた。
「おいしいよ? チョコアイス」
ていうか、暑いさなかにチョコアイスはちょっと違うと思うんだけど。ソーダバーとかの方が…。
じゃなくて! お兄ちゃんの食べさしをなんで私が食べなきゃならないの!!
「そそそんなの、食べるわけないでしょ!! バカじゃない!!?」
なんで声が上ずっちゃったのかよく分からないけど、ともかくお兄ちゃんに腹が立った。
「暑いから、リンはご機嫌ナナメなんだね~」
お兄ちゃんはそう言うと、ぽんっと私の頭に手を載せた。
いつまでも子ども扱いして。私だってオトナになったんだからね! ACT2になって、声も落ち着いたっていうもっぱらの評判なんだから!
「どうしたらご機嫌直るかな~」
「直んないもん!!」
そういうと、お兄ちゃんは苦笑した。
「リン、歌歌おうか?」
お兄ちゃんは歌を歌えばみんな楽しくなると信じ込んでいる。たしかに私も歌を歌うのは大好きだけど、お兄ちゃんほど単純でもない。歌を歌って楽しくなっても、不機嫌なのは直らない。
……自分でもなんでこんなにイライラするのかよくわからないけど。
「リンの好きな曲、一緒に歌おうよ!!」
お兄ちゃんはこれから歌を歌えると思うとうれしくなっちゃったみたいで、私にどんな歌がいいかと聞いてくる。
「じゃあ、カンタレラかWIM合わせ」
「……なんで俺とミクの曲ばっかり?」
「お兄ちゃんとミク姉より私とお兄ちゃんのほうがぜったいすばらしい出来になると思うんだ」
「そんなことないよ」
お兄ちゃんがそう言ったので、私は思わずお兄ちゃんを仰ぎ見た。それって、私はミク姉より劣ってるってこと?
「ミクは伸びやかな素敵な声をしていて、僕は大好きだよ。もちろんリンのパワフルでかわいい声も大好きだけれどね。ミクにはミクのよさ、リンにはリンの良さがあるんだよ」
お兄ちゃんの言いたいことはよく分かったけど、なぜか私は素直にうなづけなかった。そうじゃない、言ってほしいのはそういうことじゃないのに。
「あ、そうだ!リン! ふたりで炭坑節を歌おう!!」
なぜかお兄ちゃんは、とってもいいことを思いついた! という感じの晴れやかな顔で言った。
「…………なんで炭坑節??」
「だって、リン、こういう曲、得意でしょ?? 演歌っぽいの!!」
……全然褒められてる気がしない。
「え~? 炭坑節~~??」
「それにほら、明日盆踊りだよ! もちろん、リンは俺と踊ってくれるよな?」
お兄ちゃん、盆踊りは男女ペアになって踊るもんじゃないんだよ。
「リンが一緒に踊ってくれたら、すっごく楽しいのにな~」
お兄ちゃんがあんまりうれしそうに言うので、私は思わずうなづいてしまった。
「分かったよ。炭坑節で盆踊りの練習するんだね」
「♪月が~ でたで~た~ 月があ~でた~あヨイヨイ」
最初はなんでこんな暑い部屋で炭坑節を歌いながら踊っているんだろうと思ったけれど、歌っているうちにお祭気分が高揚してきて、なんだか楽しくなってきた。
「お兄ちゃん、明日は一緒に浴衣着て、金魚すくいしようねっ!」
「うん! じゃあ、リンの着付けは俺がやってあげるよ!」
「…………着付けはマスターにしてもらうから」
「なんで~~??」
心底不思議そうにしているお兄ちゃんを見ていたら、またイライラが募ってきた。だから、なんでお兄ちゃんに着付けしてもらわなきゃならないの? 恥ずかしいじゃん!!
「もう、お兄ちゃんなんか知らない!」
そう言って、私はぷうっと膨れた。もう、お兄ちゃんとは一言も口を利いてあげないんだから!!
お兄ちゃんはしばらく困った様子で佇んでいたけれど、急に思いついたように部屋を飛び出したかと思うと、手に箱を持って戻ってきた。
「リン。これ見て」
私は無言で箱の中を覗き込み、「わあ」と思わず声を上げた。中にはお花のついたかわいいかんざしが入っていた。
「これ、本当は明日渡そうと思ってたんだけど…。リンに似合うと思って買ってきたんだ。」
「…ありがとう。お兄ちゃん」
ホントはもっと言いたいことがたくさんあったのに、私はそれだけしか言えなかった。
「いつもリンを困らせてばかりなダメな男だけど、リンのことは本当に大切に思ってるんだ」
そう言ってお兄ちゃんはやさしく微笑んだ。
「分かってるよ」
私はそう答えてかんざしを手に取った。とってもきれい。
「明日は私としか踊っちゃダメなんだからね」
「もちろん!」
お兄ちゃんが即答した。
明日が楽しみだ。