覚えたての愛情
10年前と今で、違うことは。
彼と、自分の間で、違うことは。
覚えたての愛情
手のひらが大きい、と言われる。
「ほら」
と、手を合わせて見比べる。
トムの手は、程よく焼けた色で、見た目と同じに温かい。
「昼間さ、アイアンクローかましてたろ。がしっとさ。頭鷲掴みってすげぇな」
「…でしたっけ」
「あいつ頭結構でかかったのに」
仕事を終えて、トムの部屋で、二人きりだった。
夕食を簡単に済ませて、見たいテレビも特になく、アルコールが程よく回った、気持ちのいい時間。
「トムさんの手って、もっと大きいかと思ってました」
「ふつうだろこれで」
「なんですけど。…よく、頭ぐしゃぐしゃってやるじゃないすか、トムさん」
「え、そうだっけ」
「中学ん時も。今も。わりと」
静雄を恐れず、触れてくれる人、だ。
「ええ?そうかー?覚えてないな。無意識?」
「なんか、大きいなーって、思ったんですよね。でも」
てのひらを合わせてみると、自分の方が大きい。
トムの手は、成人男性としてはふつうだろうけれど、自分に比べると、なんだか。
「かわいい?」
ぎゅ、と握りこんでみると、眼下でトムがむすっとした。
「あ?」
「あ、すんませ」
ぱ、と手を放す。
「…ったくよー。中学ん時はてめぇのがずっと小さくてかわいかったのに」
放された手をひらひらと振ると、トムは静雄に背を向けて、後ろへ凭れる。
「わ」
「罰として、座椅子になれ」
「何の罰ですか、これ」
静雄の胸に収まるように凭れて、トムが笑う。
「腹に腕回してー。そうそう。力入れすぎんなよ」
「…暑くないっすか」
「暑ぃな」
温度ちょっと下げて、と眠そうに言われる。
「まだ早いっすよ。寝るには」
「寝ないよ」
すっかり力を抜いて凭れかかるトムを、静雄は細心の注意をもって、抱きかかえる。
かわいいと、言われることは嫌がるくせに、やたらとそう言いたくなる行動ばかり取る。
甘えられることに、静雄はまだ戸惑う。
トムから与えられる信頼や、それ以上の何かは、まだ静雄をリラックスさせることがない。
戸惑いには恐れが含まれている。
こんなすばらしいものが、自分に得られるわけがない、と静雄はどこかで思っている。
けれど、体にかかる重みはほんもので、疑う余地もない。
10年前ならば、失うことを恐れただろうか。
先輩、と呼んでいたころと、今と、実のところ、たいして変化はない。
あの頃あきらめていたことが、何言ってんだよ、それはもうお前の手の中にあるんだよ、と。
いきなり突きつけられたようなもので。
腕の中の人は、池袋最強の怪物の前で、すぅ、と安心しきったように寝息を立てている。
静雄の葛藤など、どこ吹く風で。
「寝てんじゃないっすか……」
静雄はため息をドレッド頭に落として、エアコンのリモコンを手に取った。