どうしてこうなった。
だってこの響きは知っている。いつも見ている先輩――帝人先輩が、折原臨也のことを語るときに必ず出るため息と同じだからだ。
……よりによって、相手も同じだなんて。
ため息の代わりにした舌打ちは、うまく出来なかった。
ダラーズ内でブルースクウェアとして行動を始めてしばらくして、ぱたりと消えていたはずの折原臨也が帰ってきた。街には以前と同じように平和島静雄との破壊を極めた追いかけっこを繰り広げたりなんかしているらしい。実際に出くわした事はなかった。
そんなある日。帝人先輩と杏里先輩、三人で帰ろうとした時、校門に黒い人影が見えた。
「臨也、さん?」
「やあ帝人君、久しぶり」
「……っ、今までどこに居たんですか!? 怪我したって聞いて心配してたんですよ? メールだって」
「うん、ごめんね。仕事とか色々溜まってたからさ、返事出来なかったんだよ」
恋人同士の痴話喧嘩。喧嘩じゃないけど似たようなものだ。杏里先輩はおろおろしているけど、馬に蹴られたくないから俺はただ見ているだけ。
「今から人と会う用があってね」
「そうなんですか……」
「しばらくしたら時間できると思うから」
「はい」
またね、と去っていく背中に、帝人先輩は心からの笑顔で見送った。一瞬、あいつと目があったのは気のせいだろうか。
それから帝人先輩は、折原臨也の話ばかりをするようになった。以前と違い、嬉々として。反対に俺はため息が増えたように思う。あの、甘いため息。吐いてから気付いて、そんな自分が心底嫌いになる。
お前は帝人先輩のことをどれだけ知っているんだ。先輩のあんな素顔を知っているのは俺だけでいい。
だから俺は、出来るだけ帝人先輩と居るようにした。街中で平和島静雄と遭遇するように仕向もした。全ては折原臨也に対する嫌がらせのつもりだったのに。
……どうして、こうなったんだ。
「泉井青葉君、だよね? いや、今は黒沼君だったか」
ブルースクウェアの活動を終え、解散した帰り道。聞きたいけど聞きたくない声に呼び止められた。
「……俺、名乗りましたっけ?」
「俺は情報屋だよ?」
知っていて当然。悠然とした動きがそう語る。……嫌気が差す。
「帝人君の話で刷り込み効果でもあったのかな?」
「何の」
話だ、という俺の声は知りたくなかった事実に遮られた。
「君からの視線に気付いてないとでも思った?」
「……っ!?」
だからなんで俺は気付かれていたことを嬉しく思うんだ!
その葛藤が目に見えているかのように楽しそうに笑いやがる。こいつが今までしてきた事も、どれだけ最悪な人間かも知っているのに。
それでも、先輩に向けている笑顔が欲しいだなんて。
「報われない恋はそんなに楽しい?」
「は……」
「同族嫌悪みたく嫌われるものだと思ってたからさぁ、意外なんだよね。これだから人間を見ているのは止められないよ」
「……下衆が」
「誉め言葉をありがとう」
今まで俺が見た中で最高の笑顔で言ってから、ふらりと人混みに消えていった。
「……何なんだよ」
腑が煮えくり返るほどに腹立たしいのに、呟いた声は弱々しく街のざわめきにかき消された。
作品名:どうしてこうなった。 作家名:千砂