勤勉くんと優雅ちゃん・2
折原臨也の初恋は、遅い。
基本的にきれいな顔をしていて、それなりに口もあれだったせいか、どんなふうな噂が立とうとも、そういう相手に不自由をすることはなかった。中学生までもいろいろあったし、高校に上がったころには折原臨也を折原臨也たらしめる「俺は人間を愛してる!」というスタイルは確立しており、人間をひとりひとりで特別にしてどうとかいう気はまったく起こらなかった。まあ、臨也とて人間なので、結局必要と思えば致すことは致していたけれど、そこにあるのは愛情とは少し違うかなあと思った。人間は好きだった。けれどまあ、全人類と寝たいとかそういう愛ではなかった。それだけといえばそれだけの話だ。
というわけで、折原臨也の初恋は遅かった。高校も大学もぽーんと飛び越して、三十路も迎えようかというころに、数年前からの友人にちょっとした悪戯をしたら、なんというか………誤爆した。彼は臨也のことが好きだと言った。しばらく理解できないまま呆然として、理解したころにぶああっといきなり顔の血色が良くなった。そうして、しばらく眠れない夜を過ごしたのちに、折原臨也は数年来の友人のことが好きなのだと悟った。そして、かつてない感覚に焦りに焦って、そうして、気づいた。三日ほど眠っていない頭で気づいた。
―――これ、俺、初恋じゃん。
わりと衝撃だった。
はあ、と折原臨也はため息をつく。場所は折原臨也の事務所兼自宅で、折原臨也は何をするでもなく、クッションを抱きかかえてもだもだとしていた。普段は手放さず、手持無沙汰になれば必ずと言っていいほどいじっている携帯も部屋のすみに放ったままだ。ときどき、メール受信や着信を知らせて震えるが、携帯のバイブがフローリングの床で響く耳障りな音も現在の臨也の耳には入っていないし、普段つけっぱなしのパソコンとて、今日は朝から手も触れていない。
そんな折原臨也から少し離れた位置で、折原臨也の初恋のひとがかりかりとSPIの問題集に取り組んでいる。彼はまだ大学生で、社会人ですらない年下の男の子だ。出会ったころはまだほやほやほ高校生だった。昔から童顔で、それは今も変わっていないから、スーツは似合わないし未だに高校生と間違えられることも多いらしい。多少むくれながら話す恋人がかわいくてしょうがなかった。臨也はクッションをぎゅーっと抱きしめた。
今だってそうだ。ただ、勉強をしているだけの恋人がかわいくて仕方ない。ぎゅうっとしたい。べろべろに甘やかしたい。そんなふうに、恋人のことばっかり考えてしまう。かわいくって、好きで好きで、つらい。けれど勉強中にあんまり構うと情け容赦なく出て行ってしまうので、いまのところ、折原臨也はがまんしていた。折原臨也ががまんだなんて、こんなにも不似合いなこともめずらしいと思う。そうして、不似合いなことに奮闘している折原臨也は、できるだけ音を立てないようにきゃーっとばたばたと足をさせてみたりする。ちょっとでも発散しないと、すぐにでも抱きついてしまいそうなので。
そんなふうに我慢を続けて、そうしたらふと恋人が顔をあげた。ぐるりと首や腕を回すところを見ると、ひとくぎりついたらしい。
その動作ひとつひとつがかわいくて仕方ないのだから、自分の目はどうにかしてしまったのだろうと、臨也はわりと自覚している。そこだけ。
ああ、どうしよう、と思う。
どうしたらいいのかわからなくなって、そのことをそのまんま恋人に伝えてみたら、ああ、ありますあります、そんな時期、と勉強を一段落させた恋人に軽く応じられた。そうしてあろうことか、恋人は遠い目をして、懐かしい、とのたまった。この恋人がいうには彼は折原臨也のことを、ほとんど出会ったころからずっと好きだったらしいので、もうかれこれ六年になる。六年ということは、少し前みたいに友人だったわけではなくて、彼との関係をさかのぼると、街ひとつ巻き込んで、そこにいるあまたの人間を巻き込んで大揉めに揉めた時期も入っているはずなのだけれど、その間も彼はずっと臨也のことが好きだったらしい。ラブの方で。彼の愛はとんでもなく重いんじゃないのかな、というのは正直な感想だった。
ふふふ、と笑った恋人が手まねきする。臨也は迷わず隣に座った。首の後ろに手を回され、こつん、と額をぶつけられる。かわいいなあと思う。飽きずに思う。そうして、恋人が言った。
「ざまあ」
折原臨也は帝人のことを思うともう他のことを考えられないくらいにわーっとなるというのに。
「いじわるいいじわるいいじわるい!」
「だって僕、臨也さんを好きな期間、長いですから。最初はそんなもんです」
じゃあ、いつか落ち着くのかなあ、と思う。落ち着けば、いまはこんなふうな恋人を、逆に振り回せるようにもなるのだろうか。
出会ったころからの恋人のことを思い出す。彼を好きになったのはほんとうに最近で、最初はほとんどただの興味だった。そこから、ちょっとあれな期間も含めて、友人時代を経て、今に至る。友人だったときもたのしかったけれど、と思った折原臨也はすこしだけ引っかかった。
「………みかどくん、一年くらい前まで彼女いたよね」
ぎし、と抱きしめた恋人の身体が固まった。しらじらしく視線をそらして、恋人はこんな風に言う。
「………まあ、臨也さんと恋人になる日がくるとは思ってませんでしたから」
仕方がないから許してやろうという気になった。気に入らないはいっぱいいっぱいであるけれど、この恋人はずっとずっと自分のことがすきなのだし、と思うとなんだかそれで満足だった。
折原臨也の最大の敵にして恋人の名は、竜ヶ峰帝人という。
作品名:勤勉くんと優雅ちゃん・2 作家名:ロク