Hold back
憎きファラオに破れて以来、冷たい金属の中で魂は生き続けた。いつか自身の完全なる復活を夢見て、醜い人間の魂を渡り歩いてきた。
それが、それだけが、俺がこの世に存在する意義であり全てであった。その目的に全身全霊をかけ、何が何でも成し遂げるという強い意志こそが、俺をこの世に繋ぎ止めていた唯一の鎖だ。
今更それを取り止めにすることなど出来ない。そんな選択肢は端からない。選べば、鎖は外れる。
俺の中に、微かに温もりを孕んだ意思がある。
“鎖を外せ”
コイツは本当に馬鹿なことばかり囁く。鎖を外したらお仕舞いだ、何もかも。
この世界の枠から弾き飛ばされ、永遠の闇に消える。闇や完全な消滅を恐れる俺ではないが、勝負する前から自分で消える馬鹿がどこにいる。
“お前は負ける”
何を根拠に。記憶喪失の王と違って、俺は下準備から何まで全て自分でやった。明らかに俺の方が有利だ。
俺は常に自分の勝利を確信して生きてきた。これまでも、そしてこれから先もずっと。最後に笑うのは、全てを取り戻すのは俺だ。
“本当は気付いているんだろう”
とことん馬鹿なヤツだ。万に一つもないが、たとえそうだとしても、勝負の前から諦める道理なんざない。
大体、そんなことして何になる。三千年の計画を、自身の存在意義を投げ捨てて、一体何を得られる。この期に及んで、他の目的や存在意義が出来たとでも言うのか。
“今のお前にはアイツがいるだろう”
宿主のことか。…確かに、あんな滅茶苦茶な人間は初めてだ。
大抵の人間はリングの力に押し潰されるか、俺の存在に気付いて発狂したりするのにな。あいつは平然とリングを身に付けて、俺と会話する。だが、それが何だ。それだけの人間の為に、俺を構成するあらゆるモノを捨て去れる訳がない。
“今なら引き返せる”
いい加減にしろ。引き返してどうする。
何の為の三千年だ。俺は俺を取り戻す、これ以上の目的はないし、望みもない。今更縋るな。求めるな。
「人が一生懸命作業してる最中に白昼夢とは、いい御身分だね」
順調に進むジオラマ作成の過程を見つめて、物思いに耽っていたらコレだ。
いつの間にか目の前に、空気を読まない宿主が立っていた。
『…何の用だ』
「ここ、資料が足りない。適当に誤魔化して良い?」
『ふざけんな。今イメージ渡すからちゃんと作れ』
「はいはい。……こんなの作っちゃって、展示許可が下りたからいいものを…一体何するつもり?」
『………』
「答えたくないなら別にいいけど、どうせ碌なことじゃないんだろうね」
不機嫌そうに歪められた宿主の顔を眺めながら、俺は俺自身の言葉を思い出していた。
俺は負ける。
何も成し遂げられないまま、無様に消える。
俺の闇は、ファラオの光に掻き消される。
簡単に想像出来る、分かりきった結末が喉から出かかって、俺は慌てて口を閉じた。
縋るな。俺が存在した証なんて、求めるな。宿主に何を言おうと、言われようと、もう後戻りは出来ない。何もかも“今更”だ。
だから、今はまだ黙っておけ。
あまりにも先の知れた未来のことを。
Hold back:秘密にしておく