島原騒動
「失礼致します」
優艶な香りを纏った妓女が二人部屋へと入って来た。
島原一敷居が高いと云われだけはあると土方達は感じた。
二人共に絶世の美女と云っても過言ではないだろう。
此処の店『黒蝶』はそんな妓女(むすめ)揃いだ。
早速妓女達はそれぞれの場所に腰を降ろし杯を満たしていく。
「どうぞ」
「ああ、すまないな」
土方の隣に腰を降ろした妓女は、杯に酒を注ぐ。
「私は蘭と申します。新撰組の土方さん」
「・・・俺の事を知ってるのか」
「ええ、巷では有名ですから。知らないお方はいらっしゃらないかと」
「そうか」
妖艶に微笑む妓女を見ても土方は表情一つ変える事はなかった。
「土方さん、相変わらず凄っごいよな~。俺だったらあんな風に笑い掛けられたら顔緩みまくる、絶対」
藤堂は感心した様に土方を見遣る。
「良いよなあ~。てか狡りいよな、土方さんも斉藤も」
永倉の視線の先は土方と、斉藤だった。
もう一人の妓女は斉藤の隣に腰を降ろしていた。
「ささ、もう一杯」
「・・・いや、俺は」
「そんな遠慮為さらないで下さい、斉藤さん」
妓女と斉藤の距離が近い。
「諦めろ、平助、新八。お前等じゃ無理だ」
原田が酒を煽りながら笑う。
「そうだよねえ。二人じゃ天地が引っ繰り返ってもあの二人には叶わないと思うよ」
「って解んねえだろうが、もしもって事も」
「ないね」
永倉の言葉を沖田は一刀両断した。
永倉と平助はがくっと項垂れ酒を一気飲みした。
「でも、光栄ですわ。あの新撰組副長の土方さんの御相手をさせて頂けるなんて」
蘭は土方の手に触れようとしたが躱されてしまう。
「あら、つれないですね」
「俺は酒を呑みに来ただけだ」
土方は周りを見渡した。
近藤さんには『此処』には入るなと云われたが何事も無さそうだな、と土方は安堵した。
もしかしたら、金の事が心配で入るなとでも云ったのだろうか。
確かに高そうな店だと思う。
もし貰った分で足らない様なら、不本意だが自分が払えば良い。
止められなかった自分の責任だ。
土方がほっと胸を撫で下ろし、杯を飲み干した時。
「蘭姐さん、お時間宜しいでしょうか」
少し襖が開き声が掛かる。
蘭はそれを聞くと優雅に立ち上がり皆に向かい会釈をした。
「御名残惜しいですが、私はこれにて失礼致します」
土方を見て微笑む。
「またお越し下さいね」
その言葉に土方は何も返答せず杯を傾けた。
「お鶴ちゃん、序でに此処のお座敷の器片してくれる?」
「はい」
千鶴はそっと襖に手を添えた。