Take to
うんと伸びをする。気持ちのいい朝だ。目覚まし時計の設定より10分ほど早くに、僕は差し込む朝日に起こされてベッドから降りた。
パジャマを脱ぎながら今日の授業科目を確認する。昨夜ちゃんと準備しておこうと思っていたのに、ついTRPGのシナリオ作成に夢中になってそのまま寝てしまった。
ベッドに寝そべってシナリオをノートに書くのは、もうやめた方がよさそうだ。机の前に行儀良く座ってもアイデアが出ないと、よくやっちゃうんだよね。
あ、体育があるや。ジャージちゃんと乾いてるかな?
リビングへ取りに行こうと自室を出たところで、目の前に靄が現れた。それは徐々にヒトの形を取ると、僕に話しかけてきた。
『お前、いちいち楽しそうだな』
「そうかな?」
『感情が伝わってくるんだよ。おかげで俺様まで目が覚めちまったじゃねーか』
「…君も、いろんなことが出来るようになったよね」
今だってリングは枕横に置いてあるのに、姿を見せられている。会話だけならもっと距離があっても可能だ。
人間も日々進歩だね、なんて思ってたら、思考を読んだのか凄く嫌そうな顔をされた。
『俺様は人間じゃねーっての』
「アハハ、そうだったね」
『全くよォ、こんな毎日同じことの繰り返しの生活のどこが楽しいんだか』
「楽しいよ。僕の真新しい人生は、始まったばっかりなんだから」
つまらなそうにそっぽを向いたリングの人格に向けて、僕は心底から思っていることを口にした。
「人間の人生ってとっても楽しいね。それに周りも面白い。僕が冒険してきた世界も素敵だったけど、この世界には敵わないよ」
醜いのに美しく、頑丈なようで儚い。魔法が存在する僕の元いた世界より、ずっとずっと不思議なところ。
モンスターのいない世界だというのに、人の皮を被ったモンスターはたくさん徘徊している。この世界は、光と闇で溢れていた。
勿体無いな、と思う。こんな素晴らしい世界で生きているのに、それと気付かず生き急ぐ人々が。彼らにはこの世界は勿体無い。
僕には、一時の夢のように感じるこの世界の森羅万象全てが愛おしい。
『元人形の分際で、言うようになったな』
バクラは皮肉な笑みを口元に浮かべていた。相変わらず嫌なヤツだ。そもそもマスターはコイツに殺されたようなものなんだから、いいヤツである筈がなかった。
「…うるさいな。これでも僕は、元からマスターの精神の一部だよ」
『ったく、くだらねー理由で死にやがって…。おかげで俺様は、お人形の獏良了ごっこに付き合わされてんだ。一発ぶん殴らなきゃ気が済まねぇ』
「マスターに手を出すな。それに僕はもう獏良了だ」
毅然とした態度で臨まなきゃ、コイツは僕をも飲み込んでしまいそうだ。
ホントはいろいろと遊戯君たちに相談すべきなんだろうけど、その前に僕にはやりたいことがある。
『じゃあ、俺の宿主・獏良了サマ。…とっとと千年アイテムを集めな』
「本当に、千年アイテムを揃えれば…冥界の扉が開くんだね?」
『俺様は、嘘は吐かないぜ』
怪しげな含み笑いをするバクラに不安はあるけど、何となく嘘は感じられない。ただの勘だけど。
それに、他に方法がないならそれを試すしかない。事情を話せば、遊戯君だってパズルを貸してくれるだろう。
そう、僕は冥界のマスターに会いたいんだ。
僕を生み出し、成長させ、この世界で生きる為の身体まで残してくれた。感謝してもし切れない、僕の大切なマスター。彼に再び会って、直接お礼が言いたい。ただそれだけの願い。
ピピピピピピピ!!
セットしていた目覚ましの電子音が、僕を現実へと呼び戻す。
「もう準備しなくちゃ。…話は帰ってきてからね」
僕は目覚まし時計のアラームを止めると、学校へ行く準備を再開した。
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