怖がらないでごめんね
けれど、肝心の相手は真っ直ぐな眼差しを揺らがせもしない。
「いらないって、言って、また捨ててもいいよ。何時でも。」
決意をした者の強さを、鷹臣はよく知っている。自分もそうだったからだ。
「それでも、私は勝手についていくから。私がそうしたいから、そうするんだ。」
真冬は、どこまでも一途で馬鹿だ。頭は悪くないし、図太さや強かさもそなえている。それなのに、賢い生き方を知らないでいた。
「鷹臣くんと同じように、私も好きにするだけ。それだけのことでしょ。」
そんな優しさはいらないと、ほとんどない良心を振り絞っての行動は、与えたかった相手によって叩き落とされた。短く舌を打ち、内心で毒づく。
(…ちくしょう。)
ほんの少しでも怯えをのぞかせたならば、躊躇いなく突き放すことが出来たのに。そんな鷹臣の想いなんてお見通しと言わんばかりに、真冬は視線を逸らさない。丸い瞳は、何時だって鷹臣を歪ませることなく映した。
ゆっくりと鷹臣は瞬き、壁から拳を放す。
もし、この腕を威嚇の為に振り上げるのではなく、自分より随分と小さい目の前の存在を抱き締める為に使ったとして、それは許されるのだろうか。下ろした拳を、鷹臣は強く握り締めた。
すると、唐突に腹部への衝撃。見下ろせば、真冬の旋毛が見えた。鷹臣が何も言えないでいると、もぞりと見慣れた茶髪が動く。
顔を上げた真冬は、緩みきった表情をしていた。
「鷹臣くん。」
名を呼ぶだけのその一言が何よりも雄弁であることに、知らないふりはもう出来そうになかった。
作品名:怖がらないでごめんね 作家名:六花