墓参り
休日なのにきっちり制服を着込んだ己の宿主を見て、バクラが声をかける。
『学校行くのか?』
「違うよ、お墓参り」
予想外の返答にカレンダーを見る。宿主最愛の妹の命日はまだ3ヶ月以上先だ。バクラは首を傾げた。
一連の行動に小さく笑みを零しながら、獏良は目を閉じて言った。
「クラスメイトのだよ」
電車を乗り継ぎ、顔も覚えていない獏良のクラスメイトの墓参りに付いて行く。リングを首にかけられているからまあ当然なのだが、何故わざわざ休日に一人で行くのか、バクラには理解できなかった。
電車を降り、駅の近くの花屋で花を買ったところまで見届けて、遂に我慢できずに問いかけた。
『そこまで親しい人間だったのか?』
「ううん、全然。朝の挨拶を何回かしたぐらいかなぁ」
『なんだそりゃ。そんなどうでもいいヤツの為に来たのか?』
「あ!一回、授業中に落とした消しゴムを拾ってくれたこともあったよ」
『………』
返事するのも面倒で、バクラは押し黙った。どうやらかなり希薄な関係のクラスメイトだったことだけは分かる。
獏良の奇行は今に始まったことではないので、バクラはもう何も言わないことにした。
手帳に描かれた手書きの地図を頼りに、今は亡きクラスメイトの眠る墓地へと向かう。
「…あ、見えてきた」
獏良の独り言に反応して、バクラはリングの中から意識を外へ向ける。急な坂の上に、どっしりと寺の門が構えているのが見えた。
運動が苦手なクセに、ここまで10分以上も歩いて坂を登って。やはり不可解だ、とバクラは思う。
獏良の行動の裏には大抵、何かの打算が働いていた。いい子でいるのも、親や教師に褒められたいから。友達に優しくするのも、学校という閉鎖的な社会の中で上手く立ち回りたいから。常に何かの見返りを求めて行動する。獏良は、そんな自身の本性を自覚した上で、それを隠しながら生きている。
不可解な行動の裏には、必ず何か利益がある。リングを隠し持ってるのもそうだ。利益がないと判断したら、あっさり捨てるだろう。そういうところは、非常に単純で分かりやすい。
(さァて、今回はどんなオチが待ってるのかねぇ…)
ただのクラスメイトにも優しい自分を演出? それじゃあ、ひっそりと自分だけで行くことはしないだろう。
墓場でバッタリ誰かと会うのを狙ってる? 宿主は、そんな不確実な方法でイメージアップを図る人間じゃない。
どうでもいいクラスメイトの墓参りの裏にある、真の目的は一体何なのか。バクラはあまり期待せずに見守ることにした。
水をバケツに汲み、よたよたと墓の前へ進む。
つい先日納骨したばかりということもあって、綺麗に磨かれた墓石とカラフルで盛り沢山の供え物が迎えてくれた。
「チョコレートがいっぱい…好物だったんだろうね」
僕も知ってたら持って来たのに、と呟きながら水受けに水を注ぐ。墓石に寄りかかるようにして鎮座しているぬいぐるみにかからないよう、上からも慎重に水をかけた。
持って来た花と線香を捧げて暫く目を閉じていたが、ゆっくり目を開けるとそっと墓石に触れた。
「僕さ、ここ数日間、風邪こじらせて寝込んでたじゃない」
『あ?』
「その時、交通事故に遭っちゃったんだって。クラスの皆でお葬式に行ったりしたらしいんだけど、僕は家で寝てたから」
『…それで個人的に来たのか』
「うん。久々に登校したら、その子の机の上に花瓶があって何事かと思ったよ」
驚いた。まさかそんな真っ当な理由で、遠路はるばる墓参りしに行くとは。明日は槍でも降ってくるか。
そんな表情を読み取ったのか、獏良は隣に浮かんだバクラをジロリと睨んだ。
「お前は僕を何だと思ってるの」
『私欲の塊』
「…お前にだけは言われたくないね」
『だが事実だろ』
少しの間睨み合っていたが、やがて疲れたように獏良が目を逸らした。
「…死者に見返りを求めることは出来ないからね。僕が無償の愛を捧げることが出来るのは、死んだ人のみだ」
『あぁ、そういえば…』
バクラは、獏良の行動原理から外れた例外が1つだけあったことを思い出した。欲深い宿主様が打算なしで動く、唯一の相手。
『死人にだけは優しくするってんなら、もっと俺様にも…』
獏良は木製のバケツを掴むと、バクラのいる空間へ向けてブンブン振り回してやった。
「…交通事故って、一番嫌な死に方かもしれない」
帰り道、人通りのない坂の上で獏良が呟いた。
『何でだよ』
「お棺を開けられないぐらい悲惨な姿になるから」
あの時、目の前の小さな棺を覗き込む勇気すらなかった。母が悲鳴を上げるのを見ていたから。
顔と名前が一致するだけのクラスメイトだったけど、彼女も一瞬にしてそんな姿になったのかと思うと、胸の奥からいいようのない苦しさが込み上げてくる。
『アホか』
「アホとは何だよアホとは」
そんな獏良の感傷を、バクラはバッサリ斬り捨てた。
『ホントに嫌な死に方ってのはな、髪の毛一本すら残さずドロドロに熔かされちまうようなのを言うんだよ』
「……何ソレ、」
『死体なんてモンは、保存状態が良かろうが悪かろうがいずれは腐って土に還ってくんだ。どっかの王様みてーに、ミイラにでもしない限りはなァ…』
(お前は実際、そんな目に遭ったの?)
続けて問いかけようとした声は、バクラの暗い瞳に一瞬浮かんだ炎に飲まれて消えていった。